2.人間




リンドウとソーマは他の隊員はさっさと部屋に帰し、医務室のベッドに少女を寝かせた。
獣の耳が生えている事にその時はじめて気付き、榊を呼んで戻ってきた。

「それにしても、随分華奢なお嬢さんだねぇ」

「だよなぁ」

「・・・」

リンドウと榊がベッドの脇に並んで寝顔を眺める。
ソーマは壁に寄りかかって、2人の姿を後ろから眺めた。
血色の悪い顔で寝転んだ少女は、寝にくそうにして丸くなった。

「実に興味深いね。この耳とか」

榊がつつくと、はたはたと動く。
リンドウはそれを見て感嘆の声を上げた。

「これ、付けてるんじゃなくて生えてんのか?すげぇな」

「・・・」

「寝ている間に悪いけど、血液とっていいかな?寧ろ寝てる間の方が安全だよね」

「おいおい、それは不味いんじゃないか?」

「うーん、そうか。残念だなぁ」

笑ったままなのであまり残念そうに見えない。
そんな中、ベッドの中で小さく唸り声が上がる。

「・・・んー、うー」

「!」

「お。」

「おはよう」

「・・・!だれ?」

少女は、がばっと飛び起きて極力壁に背をくっつけるようにして逃げた。
ジロリと目の前に居る榊を睨みつけて唸る。
榊はお構いなしに顔を近付ける。少女の鼻の上の皺が増えた。
威嚇している・・・のかもしれない。

「僕はペイラー・榊。榊って呼んでくれ」

「さかき?まずい・・・?」

「・・・ははは、食べ物じゃないからね」

「ちがう…?じゃあおいしいない、な」

「俺は雨宮リンドウ」

「あまみ・・・?・・・おいしそうー」

「リンドウ、でいいぞ」

「りん、どう?」

「そうそう」

りんどう、りんどう…と転がすように呟いて、おぼえた。と笑った。
それから、2人の後ろの姿に気付いて、首を傾げて覗きこんだ。

「・・・」

「さっき」

「・・・ソーマ」

「そーま。そーまか」

少女はころころと嬉しそうに笑った。

「君の名前は?」

「なまえ?」

「君は僕の榊みたいに、呼ばれる名前はないのかい?」

「おとうさんは、おうるって、よぶ」

「おうるちゃんか。よろしく」

「よろしく?ってなにか?」

「これから仲良くしようってことさ」

「・・・ひとはいたい、する?おとうさんいった。なかよく、むりだな」

うぅぅ・・・と小さく唸る。
話しかけるたびに顔を近付ける榊に完全に警戒している。

「痛くしないよ。何もしない。」

さっき血液取るとか言ってたのにな…と小声でリンドウがつぶやいた。

「うそつきー、か?」

「…参ったな、信じてくれないのか」

「こわいこわい、ね!」

「・・・こりゃあ様子見だね」

榊が肩を竦めて一歩下がる。
代わりにリンドウが前に出た。

「俺とも仲良くはムリか?」

「・・・わかんない。でもあれ、こわいこわい、だな」

むくれた顔でおうるが榊を示す。
リンドウは、博士が恐いだけみたいだぜと大笑いした。
大声におうるが少しビビる。

「お、悪い悪い。そうだ、これやるよ。間違って俺の支給品に混ざってたんだ」

「なに?」

「飴って言うんだ。アメ」

「アメ!おいしい?」

「甘くて美味しいぞ」

「あまい?はおいしい?」

「食えばわかる」

「・・・」

ほれ、とリンドウがおうるに飴玉を包みから出して渡す。
おうるはじっとそれを眺めている。食べようとしない。

「大丈夫食えるって。ほら」

ぐっと手を押すと、少し顔をしかめた。

「貸せ」

後ろからソーマがおうるの手の上の飴を取って口に放り込んだ。

「あ」

「おい、食いたきゃまだあるぜ?わざわざこの子から取らなくても…」

「何も入って無い。噛まずに口に入れとけばいい。・・・口開けろ」

「・・・」

リンドウからもう1つ飴をひったくって取り出し、おうるの開けた口に放り込んだ。

「…あじ、へんー」

「それを甘いって言うんだぞ」

「あまいー、か?おいしいー」

おうるは口の中でコロコロさせながら嬉しそうに笑った。

「りんどうとそーま、やさしい。おとうさんだね」

「お前の親になった覚えはないぞ?」

「?」

おうるはきょとんとして首を傾げた。

「ことば、むずかしい」

おうるは引き摺るほど長い髪と一緒に、ベッドに丸くなった。

「おとうさん、どこー」

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