ファイナル直後






直があの日ぶつかって来たのも再びあらゆる脳細胞を酷使しなければならなくなったのも、今ここにいるのだって一握りの道楽に出来たゲームの所為だ。終わったことに勿論何の感慨も沸かないこともないと、秋山はゆるく開いた視界の中心に直を据える。蒼と碧と彼女。空と海は神崎直が繋いでいた。



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同じくして島と島を繋ぐなら絶海から地に降りても見えるのは碧ばかりで、少し浜を歩きませんと誘ったのは直。会場は申し訳程度の日光こそあれ硬く暗い室内だった為当然の提案である。彼女の白く小さな足を更に白く細かな砂が包んだ。

(とんだ約束をしてしまった)

黒い髪を伸ばした男は動揺こそ人間の致命的な弱点であると考えている。正味彼は他人のそれに目敏く、加えて抉るのに長けていた。無表情はその所以であったが果たしてそれは巧く隠せているだけで、自他共にそう思っているだけで、嘆息する程滅入ることはままあることだ。

「秋山さーん、も、どうですかー?」

遠くから彼女が相手に届く様に声を間延びさせて再び誘う。秋山はやや大きめに首を振って応えた。視力の良い目のお蔭で唇がとんがるのが、見えた。それでも。と思考を続ける。

(さよならよりはずっと良い)

一緒にい続けるという響きに少し躊躇するのは確か。しかしあの神崎直がなけなしの勇気で付加した制限を、打ち消したのは間違いなく秋山だった。せめてバカ正直が治るまで?治る訳ないだろう。それは隠す気のない嫌味の中の。願望。

「……!おい、どうした」

急に座り込む直の服が浅瀬にひたひたと濡れていた。細い両手は顔を押さえている。慌てながらもその片方を引けば、意外にもすんなり立ち上がった。

「すみません。……目に」
「なんだ、塩水か」
「跳ねちゃって」
「馬鹿。何処まで大人げない」

呆れた秋山の言葉と指先が直の下瞼を押さえて覗きこむ。あの唇に触れた親指だった。彼女がもう身動ぎもしないのは、やはり疑うことを覚えてしまったからなのか。逃げる様に離れると直はすぐ様あの、と投げ掛ける。悟られた様で彼はびくりとした。

「見てください!水平線が綺麗」
「……ああ。そうだな」

向こうの岸まで覗ける位に、それでも蒼と碧は繋ぐのをやめた直の所為ではっきりと秋山に輪郭を見せる。拍子抜けした頭で今なら空が落ちてきても良いと思った。確かに美しいのだ、この中にきっと世の中の嘘や欺瞞が統べからく混ざりあって尚透ける様な紺碧をしている。母なる海とは誰の言葉か。ああ小さい、自分は所詮、と凡庸に漏れずそう感じた秋山は過去を反芻するより先に、この緩やかな弧を自分に教えた彼女を見た。

「秋山さんは」
「?」
「このずっと向こうに、行ったことがあるんですよね」
「ああ」
「今度は私も連れていってください」
「……。なぁさっきも思ったんだが」
「?何でしょう」
「黙っていなくなったこと、まだ少し根に持ってるだろ」
「むー。当たり前じゃないですか」

二度目、唇がとんがるのが、見えた。

「……何処が良い」
「食べ物の美味しい所がいいです」
「ならフランスか」
「本場の味を知れますね」
「そして帰ったら俺に振る舞う訳だ」
「秋山さんの食いしんぼ」
「駄目か?」
「喜んで!」

そうして二人は約束を重ねた。足下の波に似ていた。晴れ過ぎた蒼の中の、丸く空いた白に照らされて次々に光る。碧の中には、きっと黒い髪を伸ばした男の嘘や欺瞞も沢山溶けている。目に視えぬ愛に嘲笑ったこともあり、また自分を笑っている気がしては度々人を裏切ったこともあった。そんなものまで神崎直に見つけられてしまった様な。ならば今更もう隠すことはやめようと。いずれ過去になる現在を、煙草と一緒に踏み潰すのはやめようと思いながら、秋山はさっき走った所為で入りこんだ砂を取る為に靴を脱ぐ。靴下まで外してしまおうと思うのはじきだ、今や彼も空と海を繋いでいる。

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100707
田字草のヒホさんのシカヲ企画から頂いてまいりました!
シカヲ楽曲でこれが一番好きなのですが、ヒホさんが素晴らしい秋直にしてくださったおかげでもっと好きになりました!!
有難うございましたー!!




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