洒涙
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「折角の七夕なのに、天の川見えませんね。」
夜空を見上げて、直がつぶやいた。
雨雲を運んできそうな風が、笹の葉を揺らしている。
これでは七夕祭りを存分に楽しむのは難しそうだ。天の川どころか星も、厚い雲に覆われてしまっている。
ねえ秋山さん、と直が振り向くと、秋山は直より少し後ろで笹の葉に下がっているたくさんの短冊を眺めていた。
直は下駄をからころと鳴らし、秋山のところまで戻る。
「なにやってるんですか、駄目ですよ人の短冊なんて見ちゃ…」
「ぷりきゅあになりたいです、か。」
小さい子供が書いたであろうその短冊を見て、秋山はふっと笑う。
「あ、」
「?何だ」
「秋山さんってそんな風に笑えるんですね。」
直がふんわりと笑った。
秋山は直の言葉など聞こえなかったかのように言う。
「お前は」
「はい、」
「短冊に何を書いた?」
「…内緒です。」
ふふっ、と子供みたいな笑顔で直が言うものだから、秋山もそれ以上は聞かなかった。
「どのみち、星も見えないこんな七夕じゃ何を書いても叶うか分からないがな。」
ぶっきらぼうにそう呟くと、秋山は直の手を取ってまたゆっくりと歩き出す。
浴衣に下駄の直が、顔をほんのり赤く染めながら秋山の隣を歩くと、
からん、ころん、
アスファルトに下駄の音が響いた。

「ねえ秋山さん」
直が呼ぶと、秋山は無言で直を見る。
「七夕って、あんまり晴れないですよね。去年もたしか雨でした。天の川、最近見た記憶がないんですよね、わたし。」
「…時期的にも晴れづらいし、な。」
「それで、思ったんですよ。1年に1回しか会えないから、織姫と彦星が誰にも邪魔されないように…雲をカーテンにしてるんじゃないかなあって。」
直が目を輝かせて仮説を話すと、秋山は面食らった顔をしたが反論はしなかった。
「へぇ。そうかも知れないな。」
「でもそうすると、雨が降るのが分からないんですよねぇ。目隠しなら雲だけで十分なのに。」
そんなことを真剣な顔で話す直がおかしくて秋山が俯いたその時、

ぽつり、

空から雨粒が落ちる。
雨はぽつぽつとアスファルトに染みを作って、やがて本降りになった。
二人は慌てて雨宿りできる場所を探し、そこに駆け込む。
「足、大丈夫か?」
「あ、はい。何とか…どうしよう、雨の意味なんて考えたから空の二人が怒ったのかも…。」
自分のことよりも、いるはずもない織姫と彦星の心配をする辺りが直らしい。
「安心しろ。これは洒涙雨って言うんだ。」
「さいるいう?」
「そう、酒涙雨。一説には、織姫と彦星が別れるのが寂しくて流す涙の雨だって言われてる。」
「へぇ…。」
言葉の意味をかみ締めて、直が悲しそうな顔をした。
「どうした?」
「だって、織姫と彦星は1年に1回しか会えないのに、泣いてもその決まりがどうしようもないなんて可哀想だなって…。それなのに私たちは短冊にたくさん願い事なんて…。」
浴衣の袖の部分をぎゅっと掴んで俯く直の頭を、秋山はぽんぽんと撫でる。
「心配するな。星の寿命で考えたら、あの二人は1秒に1回会ってることになるんだ。地球時間で動いている俺たちが心配するほどじゃない。」
えっ、と直が顔を上げた。
「…一応、これは本当。分かったらそんな顔やめて、いくぞ。雨も上がった。」
「―――はいっ。」
外に出るとさっきまでの重い雲が流れて、雲の切れ間からほんの少しだけ星が覗いていた。
…多少は七夕気分が出るかもしれない。

「秋山さんって本当に何でも知ってますよね。」
繋いだ手をもう少し強く握って、直が嬉しそうに言う。
「あぁ、まあな。」
「私、今度から短冊には“織姫と彦星がずっと一緒にいられますように”って書きます。」
「…好きにしろ。」
「秋山さんは何書くんですか?」
「…お前の馬鹿正直が直りますように、かな…。」
「ひどいです…。」

一瞬の通り雨で塗れたアスファルトを、また音を響かせて歩く。

「お願い事したって、叶えてくれないかも知れませんよ?」
「叶わなかったら、それはそれでいい。」

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100707
七夕って大体天気悪くないですか。




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