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「二人の家」に引っ越してきてから早数ヶ月。
生活自体は今までと何ら変わりない。
いつも通りの朝。
彼女が焼いてくれたフランスパンをかじりつつコーヒーを啜っていると、学校に行く支度をしながらパタパタと動き回っていた彼女が突然鳴った携帯電話に動きを止める。
「秋山さんっ、今日福永さんが遊びに来たいって…」
「駄目だ」
間髪入れずにそう答えると、彼女は残念そうな顔をした。
「そうですか…じゃあ断っておきますね。」
「それよりお前、講義間に合うのか?」
時計をちらりと見て、彼女の顔色が変わる。
「俺今日休みだから。片付けとかいろいろ、やっておくから早く行って来い。」
すみません、と彼女はパタパタと音を立てながら玄関に向かう。

「あ。私今日少し遅くなるかもしれないので…」
玄関先で振り向いた彼女にわかったわかったと生返事をしてさっさと行けと手で促す。
いつものようにニコニコしながら彼女は飛び出して行った。
 「相変わらず忙しいやつ…」
ぼそりと呟いて、残りの朝食を片付けようとすると、今度は秋山の携帯電話が鳴った。

着信―――フクナガユウジ。

…無視しておこうと思ったが、鳴り続ける電話に折れて電話を取る。
「…もしもし」
『アッキー?全然出てくれないから無視されたかと思ったじゃーん。』
「あぁ、まさに無視しようと思ってたところだ。」
『ひどっ!フクナガちょー傷つくんですけどー』
「お前が傷ついたところで俺には何の関係もないがな」
『ちょっとちょっとアッキー、そんな態度で…』
「今から3秒以内に用件を言え。で、ないとこの電話を切る。」
『ちょっ、待てって!!』
「さん、にー、」
『分かった分かった、今日遊びに行ってもいい?』
「だ め だ 。」
『何だよー、俺とアッキーの仲じゃーん。直ちゃんなら笑顔で”いいですよ、福永さん”って言ってくれるぜー?』
「残念だったな、今日はあいつは講義でいない。それに俺はお前とそんなに仲良くなった覚えはない。」
『もー、つれないんだからー。ま、駄目って言っても行くけど。じゃ、あとでねー!!』
「えっ、ちょっ…切りやがった。」
あの調子じゃフクナガは本当に来るだろう。
すがすがしい休みの一日を台無しにされたような気分になる。まだ今日は始まったばかりだというのに。

ひとまず彼女に約束した家事全般を済ませてしまおうと行動に移る。
二人で暮らすことを決めたときに、家事も分担制にしようと言い出したのは秋山だった。
直は「私がやります!!」と言い張ったが、大学に行きながらの彼女にそこまでの負担を押し付ける気には秋山はどうしてもなれなかった。
ひとりで生きてきた時間が長い分、彼女ほど得意でないにしろ家事も一通り全部出来る自信もあったし、結局最後は直が秋山に言いくるめられる形で家事を分担制にすることになった。
皿を洗って洗濯をして…そんなことをしているとあっという間に時間が過ぎる。
梅雨の隙間に出来ることは限られているけれど、運良く今日は快晴。やることが全て済んだ時には太陽はすっかり高くなっていた。
ほっと一息ついて、本でも読もうかとソファに身を沈めようとした時、

ぴ−んぽ−ん。

嫌な予感しかしないチャイムの音が響く。
しぶしぶ玄関を開けにいくと、案の定キノコ頭がそこにいた。
「何しに来た帰れ」
「ちょっとアッキー痛い痛い!!ドア閉めないで!!めっちゃ手ぇ挟まってるから!!」
「その手を引けば良いだろう、このキノコ。」
「分かった分かったちょっと玄関先でも良いから入れてよ手土産もあるし!!」
このまま騒いでも近所迷惑かと思い、とりあえずフクナガを家の中に入れる。

「もー、アッキーは相変わらず歓迎が手荒いんだから…」
赤くなった手をさすりながらフクナガが言う。
「俺は別にお前を歓迎してるわけじゃないからな。勘違いするな。」
「冷たいなー。俺様が手土産持ってくるなんてなかなかないんだからちょっとぐらい優しくしてくれたっていいんじゃないのー」
はい、とぶっきらぼうに紙袋を押し付けると、我が物顔で家に上がりこんだフクナガにもう何も言う気がしなかった。

「で、あっきー。これからどうするつもり?」
図々しくソファに腰を下ろしたフクナガは唐突に問いかける。
「・・・何の話だ。」
「何の、って。分かってるでしょ、直ちゃんの話だよ。」
「お前に、」
「色々言われる筋合いないって?そういうわけにもいかないじゃん、ここまで来たら。」
まあ座りなよ、と自分がこの家の主であるかのようにフクナガが言う。
確かにお立ちっぱなしでこいつの話を聞いてやる筋合いもないしな、と秋山も椅子に腰掛けた。

フクナガ曰く、また秋山の気まぐれで彼女を一人にすることがないとは言い切れない。
そうなると頼られるのはいつもこっちばかりで迷惑だから、今もし上手くいってるなら覚悟を決めろと。
そういうことらしい。

「…それを言うために、わざわざあいつがいない時間に押しかけてきたのか。」
「だってこのままじゃ、あっきーのとばっちり受けるのはこっちだからねー!!」
別に直ちゃんを心配してるわけじゃないけどね、とご丁寧に付け加えてから、フクナガは立ち上がった。
「じゃ、そういうことだから。ちゃんと考えてよあっきー。この件について色々言いたがってんの、俺だけじゃないからね?」

それだけ言い残すと部屋を出て行ってしまった。

「…何なんだ。」
フクナガがいなくなった部屋で、呆然とする。
一緒に住んでいるだけのことで、何でこうもあいつらに茶々を入れられなければならないんだろう。
そう考えてもみたが、元はといえば自分自身が原因なんだと思い当ってしまった。
「覚悟、ねぇ…。」
要するにさっさと結婚してしまえと?
色々なことが頭をよぎる。考えたってどうしようもないことがこの世にあることぐらい分かっているはずなのに。
このままずっと一緒に住んで、結婚という決断から逃げ続けることはたぶん難しい。
いつか彼女が俺から離れることがあるとしたら?
…考えたくない、そんなこと。
ないと思いたいけれど、人の心なんてものすごく不確かだ。

だったら。
椅子に座ったまま天井を仰いで、深くため息をつく。

彼女が帰ってきたら、ちゃんと話そう。
そう心に決めた。

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100707
外野代表フクナガユウジ、秋山に結婚を意識させるの巻。




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