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正式に付き合うとかどうとか、そういう会話を交わした記憶はない。ないのだが、互いに互いの家に入り浸っている現状だけがただあった。
「もう、一緒に住んじゃいましょうか!」
ある日、突然思い付いたように彼女が言った。いつものように笑いながら。俺はと言えば、考える間もなく
「別にいいけど」
了承の言葉が口から飛び出していた。
言い出しっぺの彼女は目を丸くして、えっ?と言う。
「…今一緒に住もうって、」
「言いました!言いましたけど…!!」
本当に思いつきだったんです、まさか秋山さんが良いって言ってくれるなんて…などと早口で言う。
「…一緒に住むの、住まないの。」
からかうようにそう訊く。
慌てた様子で「住みましょう!」と答えた彼女の頬は少し赤らんでいた。


そんな事があったのが数ヶ月前。
お互いの家に入り浸っていた時間は不動産屋回りにあてられた。
ナオがフクナガに相談なんかしたせいで、フクナガからのメールやら何やらで電話が鳴る事も多くなった。大体は「部屋見つかった?」だの、「給料貰えれば引越手伝ってやってもいい」だの、そんな内容。
…自身の前科が新居探しに堪えるのは予想はしてたが、現実は想像以上に厳しくて、断られる度に彼女に励まされる、のパターンが確立していた。しかしそのパターンもそろそろ終わりにしたい。
「秋山さん。今日は家、見つかると良いですねぇ。」
こっちの悩みなんか知ってか知らずか、彼女はいつも通りにそう言う。そうだな、と俺も言う。
不動産屋の入口に沢山貼ってある物件を2人して眺めているこの時間はいつも完璧なのに。
しばらくすると店の中から優しそうな中年のおじさん…この不動産屋の主人だろう…が出て来て、中にもたくさんありますから是非ご覧になってくださいと招き入れてくれた。古びた小さい不動産屋だが、今まで見たどんな不動産屋より感じがいい。
中にはいると、奥さんらしき人がお茶を出してくれた。ナオが礼を言うと、その女性は笑顔で「ごゆっくりどうぞ」と言って奥にはけて、それを見計らって主人が口を開いた。
「どんな部屋を探してるのかな?」
ナオは無言で俺を見た。
「…今度一緒に暮らす事になって、それで、2人で住める部屋に引っ越そうと…」
ひとまず希望を一通り伝える。主人は相槌をうちながらメモを取って、広さや条件に関してのこだわりを訊いてきた。
「…なるほど。じゃあ今住んでいるところのなるべく近くで、2人で住めたら特に指定はないんだね?家賃はなるべく安め、で。」
「「はい」」
声がかぶって、ナオが笑った。主人もそれを見て笑顔になった。
「君たちみたいな夫婦だったら、良い物件があるよ。この間開いたんだ。」
「一応まだ結婚は…」
「あれ?結婚はしてなかった?」
物件ファイルを捲りながら主人が言う。
「お似合いだし落ち着いているから、てっきり夫婦かと…すまないねぇ。あ、あった。これだ。」
手元で眺めてたファイルを俺たちの方に向けてくれる。
場所はナオの家の近く。2LDK、バストイレ別で58000円。敷金礼金なし。築年数はかなり経っているが、写真を見る限りそこそこ綺麗だしどう見ても格安だ。
「…安すぎないか?」
つい呟いてしまったが、主人が当然の反応だといった感じで笑う。
「みんなそう言うんだ。まさに掘り出し物物件ってやつだよ。」
「あの、幽霊が出たりとかそういう…」
ナオが不安げに主人に訊くと、主人はそれにも笑って答える。
「いや、そういう曰く付き物件じゃないんだ。大家が面白いやつでね、気に入ったやつしか入れないんだよ。日当たりが少しだけ悪いが、それ以外は何も問題ない物件だよ。良かったら見に行くかい?」
俺はナオと顔を見合わせてから、お願いしますと言った。
主人の車に乗って、物件まではすぐだった。ナオの家の近くなのに、今までこんな建物あったか?と思うほどひっそりとした建物だった。外観は確かに古い。
「昭和の建物だからね、そこは諦めて。」
主人はそう言って、空き部屋のドアの鍵を開けた。
中に入ると、少しレトロな雰囲気の部屋が広がっていた。確かに綺麗にリフォームしてある。部屋も全部フローリングだし、そんなに狭くもない。
「どうです、悪くないでしょう?」
「秋山さん、この部屋可愛いです!」
「…そうだな。」
何だかうまい話すぎるような気がする。どうしても、身についた癖のように人を疑ってしまう。…しかしさっきから見ている限り、この主人はナオと同じで本当に人が良いんだろう。…となれば、不安要素は。
「大家には会える?」
主人に訊くと、主人は頷いた。
「えぇ、私が大家ですから。」
してやられた気分になる。ありがちな展開ではあるけれど。
「…人が悪いな。」
主人はニコニコしながらすみません、と頭をさげた。
「秋山さん、この部屋にしませんか?」
ナオが俺のシャツを軽く引っ張って言う。
「…あの、保証人とか」
「あぁ、何か事情があるなら代わりの保険も紹介出来るから。君たちみたいな人に住んでもらえると、家もきっと生き生きするからね。」
「…どうしてそこまで良くしてくださるんですか?」
「この家にはちょっとした思い出があってね、大事な家なんだ。だから少しでも良い人に借りて欲しいのさ。なに、今までの事なんか気にしなくて良い。これから良い人生歩めば良いんだ、まだ若いんだから。」
…彼女以外にもこんな善良な人がいるのか…と俺は思い、彼女みたいな娘の周りにはもしかしたら似たような人間が集まるのかもしれないと思い直した。…自分の事はともかく。
とりあえず大家兼不動産屋の主人に部屋を借りることにした。書類揃えたり引っ越し準備したり色々する事はあるけれど。




「秋山さん、これも持っていきたいです!!」
「…お前のぬいぐるみで部屋が埋もれる。」
「そんなに言う程ないですよー!!」
「口より手を動かせ。」
むう、と黙り込んでしまったナオに構わず、彼女の荷造りを手伝う。大家の好意で荷物を運ぶための軽トラまで貸してもらえた。
…これも、彼女の今まで積んできた徳のおかげ…かも知れない。
「今日荷物詰めて、明日運んで引っ越し終わらせるぞ。すぐそこだ、出来るよな?」
「はいっ、頑張ります!」

このまま何もかも前途洋々なら良い、心の中で呟いた。

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100606




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