バス
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涙声で直が助けを求める電話を寄越した。詳しく訊いても気が動転してるらしく、何だかよくわからない。
また何かとんでもないことでも起きたのかと思い彼女の家に行くと、彼女はベッドの上で新聞紙を丸めた物を握りしめて震えていた。
「大丈夫か?」
暴漢でも来たのかと思ったが、それにしちゃ新聞紙は戦うアイテムには弱すぎる。
「ああああきやまさん、すみません」
「謝らなくていいから何があったか落 ち 着 い て 話せ。」
「あ、あの、台所に、」
「うん、」
「台所にいるんです、ゴキブリが…っ!」
ああなるほどね、それでベッドで新聞紙…っておい。
そんなことで呼んだのか?と言いそうになって、彼女にとっては一大事だったんだろうと思い直して言葉を飲み込んだ。
「…どのくらい前からそこにいる?」
「え、私がですか?」
「最後にゴキブリ見てからどんくらい経ってる?」
「15分か20分くらい…?」
はぁ、ついため息が出る。そんなに経ってたら、あの狭い台所でもヤツを探すのは至難の業なんじゃないのか。
「…とりあえずそれ、貸して。」
直の手から丸めた新聞紙を受け取って台所に行ってみる。
するとそいつは我が物顔でシンクに張り付いていた。
…探す手間が省けた。

そーっと近付いて、新聞紙を振り上げる。
何と言ってもヤツらは飛ぶのだ、一瞬の気の緩みが大惨事に発展しかねない。
万が一飛んだとしても、彼女がいる方にだけは行かないように…と祈る。

パァン!

勢いよく新聞紙を叩きつけた。
その黒い物体は俺の行動などお見通しかのように飛んで、僅かに開いていたキッチンの窓の隙間から出て行ってしまった。
「チッ」
仕留め損なった。が、とりあえずこの場はこれでいい。
また入ってこないように窓を閉めると、
「あきやまさん…?」
直が不安げにリビングからこちらを覗いていた。

「あいつなら出てったよ、もう大丈夫。…とりあえず。」
新聞紙をゴミ箱に投げ入れる。
妙に静まり返った部屋に、ガランっとその音が響いた。
涙目の直は、すみません、ありがとうございますを繰り返していて、こんな事で彼女のこんな表情を見るとは思わなかったからどうしていいやら…と考えてしまった。
この清潔な部屋を見る限り、たまたまどこかから入り込んだんだろうが…
「今までゴキブリ出たことは?」
一応訊いてみる。
「ない、です…。飛んできたのでどうして良いか分からなくて…。ごめんなさい。」
やっぱり、そんな事だろうと思った。
「…俺を呼ぶのは別に良いんだけど…」
来られない時に呼ばれたら困るな…
「とりあえず、万が一に備えて買い出しに行くか。」
「へ?」
「殺虫剤。」
「あっ、はい。」
直にようやく安堵の表情が戻る。

…まったく、俺はどこまで彼女の世話をするつもりなんだろう。

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100516
直ちゃんのピンチだと思えば必ず駆けつける、それが秋山。




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