ありれた現で
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ある日の昼下がり、秋山はなんとなく直の家に足を運んだ。連絡もしていない、いるかも分からなかったけれど。
途中で彼女の好きそうなケーキを買って、彼女の笑顔を浮かべながらその家へ。
ピーンポーン。
呼び鈴を鳴らす。出ない。
トントン。
ノックをしてみる。やはり出ない。
留守かも知れない、と思うけれど、諦めきれずにドアノブに手をかけた。

かちゃり。
扉は難なく開いた。あまりに簡単に開いたので、秋山は眉を顰める。
不用心だから気をつけろ、と日頃から口を酸っぱくして言っているつもりなのだが、彼女の耳にはちゃんと届いていないらしい。
扉を開けて、とりあえず中へ。
…人の気配は、ある。
後ろ手に扉を静かに閉めて、鍵をかける。怪しい輩が上がり込んでいる可能性も否定はできない。なるべく気配を消して…そっと上がり込んだ。
キッチンを抜け、リビングの方をちらりと覗くと、直はベッドに横になっていた。どうやら寝ているらしい。
一気に安堵感を感じて、秋山は直のいるベッドに近付いた。
全く、女子大生の一人暮らしでここまで不用心なんて、どこまでおめでたいんだ。小さくため息をつく。

「おい、」
呼びかけてみると、直は寝返りをうつ。
「…起きろって」

「んん、しん…いちさん…」
「…は?」
寝言とは言え、突然名前を呼ばれて秋山は硬直した。
次の瞬間、直がむにゃむにゃと目を覚ます。起き上がって、焦点の定まらない様子で辺りを見回し、秋山にピントを合わせて、一気に目が覚めた表情に変わる。
「ああああ秋山さん!?」
「…おはよ。」
「なっ、何でいるんですかっ!!」
「何で、って…鍵開いてたぞ。」
「えっ…」
鍵を締め忘れたまま昼寝をしてしまっていた事を認識して、直は少し冷静さを取り戻す。
「不用心。」
冷静な口調で、ズバリ。
「ごめんなさい…。」
本気で落ち込んだ口調で応えた。
「まぁ、来たのがたまたま俺で良かったな。」
「…そうですね。本当に…」

「ところで、どんな夢見てたんだ?」
さっきの直の寝言が気になって、秋山が訊くと、みるみる直の顔が赤くなる。
「う…」
よほど言いづらい夢を見ていたらしい。そうなると訊いてみたくなるのが人の性。秋山も例外ではなかった。
「…そんな言いづらい夢?なんか"しんいちさん"とか言ってたけど?俺のこと?」
耳まで真っ赤な神崎直の表情は、何も言わなくても秋山の夢を見ていたと分かるくらいで、秋山は愉快な気持ちになる。本当に分かりやすい。
「わ、笑わないで聞いてくれますか…?」
おずおずと口を開く直に、秋山は勿論と答える。

「秋山さんが、名字を一緒にしないかって…夢でですよ?そう言うので、そしたら秋山さんて呼べなくなるじゃないですか。何て呼べば良いですか、って訊いたら、深一で良いって…そういうので、しんいちさん、て…。」

夢でどうやら自分は彼女にプロポーズをしたらしい、と分かった秋山は、彼女の夢の中の自分を少し羨ましく思った。

「なんか…馬鹿みたいですよね、恥ずかしい…」
話終えた直は、まだ頬を赤らめている。
その表情はあまりにも愛おしい。
「…名字、一緒にしてみるか?」
つい、秋山の口をついて出た言葉。

「………えっ?」
直はその大きな瞳で秋山をじっと見つめる。秋山自身も、一瞬何を言ってるんだ、と思ったけれど、唐突に口から出た言葉は多分本心だったから訂正はしなかった。もう一度、自分自身にも言い聞かせるように。
「正夢にしてみたらどうかって。2人の名字、一緒にしてみないか?」
勿論、一筋縄ではいかないのは他でもない秋山が一番分かっているけれど。
「…一緒にしたら、"秋山さん"って呼べなくなっちゃいますよ?」
「そうしたら、"深一さん"って呼んでくれればいいよ。」
ベッドの上の直に、ゆっくりと話しかける。
「答えは?…直。」
「…よろしくお願いします、…深一さん。」
にっこりと笑う彼女の笑顔は、いつもよりずっと眩しい気がした。
秋山は買ってきたケーキを差し出す。
「…こういうつもりじゃなかったんだけど、とりあえずウェディングケーキの代わり。」
「あ、じゃあお茶用意しますね、あき…深一さんっ」

直はベッドから飛び降りて、いつものようにパタパタと動き始める。
…これから忙しい日々が待っていそうな、そんな幸せな予感が2人を満たしていた。

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100505
たまには甘いの書きたかった…。
タイトルはMoonlight様より




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