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いつもは明るい彼女が、家に来るなり泣きそうな顔をしていた。普段なら今日何があったとか、晩御飯何食べたいかとか、少しうざったいくらいなのに。
「何があった?」
気になって訊くと、その大きな瞳から涙が零れる。
俺は少し驚いて、しかし何も言わない彼女に無理やり喋らせるわけにもいかず、無言で近くにあったタオルを差し出した。
しばらくすると、ぽつりぽつりと彼女が喋りだす。内容はこうだ。
今日たまたまいつもの通り道にある線路で、飛び込み自殺をはかったやつがいたらしい。彼女が通りかがった時には、もう何も…人らしきものは…なかったらしいが、線路が赤く染まっていて、警察やら関係者らしい人がたくさんいたそうだ。正確には自殺かどうかはその瞬間をみていないから分からないが、黄色いテープで仕切られた事故現場を目の当たりにして酷くショックを受けた――そういうことらしい。
俺は彼女の話を聞いて一番思い出したくない記憶を呼び起こされ、眉をひそめた。彼女はすぐそれに気付いて、ごめんなさい、と呟く。
彼女のせいではないから、何も言い返せなかった。

「秋山さん、…人は、どうして、死のうと、するん、でしょう、か…」
泣きながら彼女がそう言う。
答えなんか…。
母を自殺で失った俺に、そんなこと訊かれたってなにも答えられるはずもなかった。誰かに問いただせるなら、本当はしたいくらいだった。誰も応えてくれなかったから、自分で動くしかなかった。
彼女にも、命の灯火が消えそうなたった一人の肉親がいる。
「生きた、くて、も…生き、られない…人も…」
彼女がタオルを顔に押し付ける。そのまま何も言えなくなった彼女を、ただ黙って胸に抱き寄せた。
本当に守るべき魂があるとしたら、他人の死ですらこんなに心を痛める彼女みたいな人のものだろう。一度は守れなかったその清らかな魂を、何としても守らなければ。そう痛感して、彼女を強く抱きしめた。

「あ、きやまさん…」
「…うん?」
「わたし、生きていたいです…ちゃんと、神様から、もらった分…精いっぱい…」
「――そうだな。」

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100504




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