嫌悪と愛情の狭間


「貴方が憎いっ……!」

顔を歪め睨み付けてくるインゴにノボリは何と言っていいか分からなかった。話があると言われ残った結果がこれ。今にも泣きそうに唇を噛み締めるインゴにノボリは首を傾げる。


「この短時間でどうしてそこまで、と思うのですが…もしやエメットのことですか?」

エメット、その単語をノボリが発した瞬間インゴは目を見開き僅かに震えた。
やはり…、ノボリは溜息をつく。なにが突っかかっていたがまさか、インゴがとは。

「別にわたくしはエメットなどどうでもいいです。貴方様から取るつもりなど更々ありません。」
「ですがエメットは誰にでも優しいですし。貴方のような真面目な面してビッチかもしれない方に誘惑などされたら断るに断れないかもしれません」
「ですからわたくしには興味がありません。それにそのような汚い言葉その顔で使わないで下さいまし」

蔑むような目で睨み付けてくるインゴにノボリは淡々と返す。本当にどうでもいいのだ。ただクダリに似すぎている分苛立つだけで。インゴはエメットが好きなのはわかった、それが一般的な兄弟に対する[好き]ではないのもわかった。眼が彼を好きで好きで堪らない、ノボリにはそう言っているように見えていたから。しかし屈折しているのか…先程のエメットへの態度。まるでどうでもいいから消えろと言ってるかのようで。そんなインゴの矛盾がふと気になり疑問を投げ掛ける。

「貴方それほどまでエメットが好きならば何故先程あんなこと言ったんですか?」
「………」
「いい様ですや邪魔だなんて…そのようなことばかり言いますと嫌われますよ」
「……素直になんて、言えません」

震えて消え入りそうな声。ノボリは慌てて顔を上げインゴを見る。すると今にも涙が溢れてもおかしくない程インゴの目は潤んでいた。やってしまった、ノボリは焦り必死に取り繕うとするがインゴは聞きたくないのか制帽を被り直しその場に蹲った。先程までの嫌悪感剥き出しなオーラはどこへやら…インゴは瞳をゆらゆらと揺らしていた。

「エメットは…優しいから、笑ってくれるんです。ワタシとて理解はしてます。本当はもっと優しい言葉を投げかけたい。しかし口から出るのは全てエメットを邪険にするような言葉ばかり…ですから貴方にエメットがとられると私は……!」
「いえ、ですから…というかインゴ様、貴方エメットが本当にお優しいだけの方だと思ってます?」

質問の意味が理解出来ないと言わんばかしにインゴは顔を顰める。

「はい?何を言ってるんです。エメットが優しくないとでも!?ワタシの方がずっとエメットと居たというのに…!ほんの数時間前に会った貴方にエメットの何がわかるんですか!」

言葉をもっと慎重に選ぶべきだった。ノボリは心底そう思い何とかインゴを落ち着かせようとする。どうやら予感的中、インゴはエメットが好きで…しかも腹の中に何を抱えているかわからないエメットを微塵も疑ってないときた。ああなんて面倒臭いのだろうか。出そうになる溜息を飲み込む。そもそも優しいだけの者があのようなギラついた獣のような眼をする筈がないし、人にモンスターボールを投げてきたりしない。そう言いたいが言えない状況。何だかややこしくなってきた。とりあえず整理しよう、ノボリはそう心に決めへの字の口を静かに動かす。


「すみません、わたくしが出すぎたことを言いました。…インゴ様はエメットをお慕いしている気持ちはよく分かりました、恐らくエメットも然り。相思相愛なら良かったじゃありませんか?何故わたくしにこのようなお話を…」
「エメットはワタシのことなど好きじゃないです。キスだって告白の時の一度だけ…エメットはあの通り優しいので、ワタシに合わせてくれているだけなんです。ワタシが好きでも、エメットは…」

「インゴ様…」

制帽を被っていても分かる吊り上っていた眉はまた形をなくした。ノボリも何やらこの子供のような目の前の黒に少しばかり同情…いや同情に似た何かを感じていた。しかしこんな真っ直ぐに想われているのがあのクダリにそっくりなエメットと思うと煮え切らない。そもそもエメットは優しいだなんて、絶対嘘だ。あれは絶対猫の皮を被っている。そう思ったが口に出せる筈がなく……。ノボリは唇を噛み締めインゴの制帽を取り優しく撫でた。

「…お辛いでしょう?わたくしで良かったら微弱ですがお力になります」
「ッ、そのような同情、ワタシには…!」
「エメットが好きで今にも潰れそうな貴方をわたくしは放っておけません。それにほら…似たもの同士、仲良くしてもらえませんか?」

にこり。クダリでは絶対真似出来ない微笑み。ノボリはこの可哀想な黒に母性本能なるものが擽られて仕方が無かった。だから手を差し伸べた。元々心優しい性格のノボリ。クダリのこと以外では基本、穏やかでお人好しなのだ。

「ワタシは貴方のことなど嫌いです、憎いです…本当死んで欲しいと思ってます。」
「それはエメットが取られそうだから、という理由ですか?安心なさい、わたくしクダリにそっくりな方絶対好きになりませんし。向こうもわたくしを好きにならないですよ?」

ー何故ならエメットは貴方が大好きなのでしょうから。そう思ったが声には出さず、静かに促す。するとインゴは眉を八の字にしながらゆっくりと自身の頭を撫でていたノボリの手をとった。

「……もしワタシからエメットを奪ったら貴方殺しますからね。」
「ええ、大丈夫。絶対殺されませんから」
「なら、いいです。仕方がありませんね…貴方を利用させてもらいます!ワタシに利用されるなど名誉あることなんです、感謝なさい!」

少し調子を取り戻したのかインゴは立ち上がり腕を組み、やや背が自身より劣るノボリを見下した。ノボリは不思議と苛立ちを覚えず、苦笑しながら一言。


「はい、インゴ様」


と応えた。



* * * * *


ノボリとインゴがギアスステーションからライモンシティへ出ると何故かそこにはクダリとエメットが居た。その白を確認した途端インゴは恥ずかしそうにノボリの後ろに隠れ、ノボリはそんなインゴを子供のようだと思いつつ目の前にいる白い2人を睨み付けた。しかしいつもなら睨み返してくるクダリは何故かそっぽを向いていて。余りの無反応に逆に苛立ちを覚えたノボリが食い掛かろうとした瞬間、クダリの隣で笑っていたエメットが…。

「ノボリとインゴのツーショット最高だよ、かわいいね!写真とらせて」
「…ちょっと黙って下さいこの糞野郎、インゴ様ほら…」
「糞野郎って酷い!というかなんでインゴ隠れてるの?」
「別に隠れてなどいません、放っておいて下さい」
「………」

ぎらぎらと眼の奥で濁る嫉妬の炎。…こんなやつが優しい?馬鹿馬鹿しい。ノボリは鼻で笑う。そしてそこでふと違和感に気付く。

……あのウザったく喋るだけの脳のクダリが一言も喋っていない。

「というかエメット。その隣に居る腐ったキノコはなんですか。」
「ん?クダリだよ、ね?ほらクダリ恥ずかしがってないで!」
「はい?」


恥ずかしい。その単語に妙に胸がざわつく。何だろうか凄い嫌な予感しかしない。ノボリはインゴの手を取り彼に聞こえるぐらいの小さな声で謝りその場を後にしようと方向転換。しかしノボリの離脱する計画はエメットによって阻止された。手を繋いでいた手が急に後ろから引かれ転びそうになり、後ろを確認すると。……なんとエメットがインゴのもう片方の腕を掴んで笑っていた。いつの間に移動した、そう思いながらも自分との手を離さないでくれていたインゴの健気さにノボリはきゅんとした。しかしエメットはそれを快く思う訳がなく…。

「インゴ、その手離して、ね?」
「え、エメット…!」

手を掴まれインゴは恥ずかしさの余りエメットの手を振り払った。エメットの優しい微笑みが瞬時にして固まり場の空気が一気に重くなった。エメットの異変に気付いたノボリは慌ててインゴを呼びフォローしようとするがインゴはノボリから離れなかった。ああこのままではこの腹黒糞野郎に闇討ちされるのではないか。ノボリの額に冷汗が流れる。なんという板ばさみ。とりあえずこのままだと埒があかないので何とかなりそうなインゴに必死に説得するが…「エメットが格好良過ぎて直視できないです」と目を瞑り抱きつかれた。インゴが見てないからかエメットは笑っていなく冷たい目でノボリとインゴ……正確にはインゴに抱きつかれているノボリを睨んでいた。胃が痛み、一気に押し寄せるストレスで押しつぶされそうだ。ノボリは唇を噛み締める。

しかし我慢も限界、もう構っていられないと。ノボリが噴火しそうになった瞬間。

「いい加減に…!」
「いい加減にしたら」
「……へ?」

響く声。聞き慣れているが先程から全然しなかった声にノボリが唖然とする。……クダリならノボリが困っている姿を見て楽しむに決まってる。ノボリはクダリの静止の声に困惑した。そんなノボリにお構いなしでクダリは言葉を続ける。


「邪魔なの分かってる?そこ、バトルサブウェイの入り口」
「!!」

しかしそんな混乱していた頭も、当たり前のことを注意され吹き飛んだ。やはりいつものクダリだ!そう思いつつクダリを睨み上げる。

「お前に言われなくてもわかっております!」
「………」

睨みつけてもクダリは何も言わず再びそっぽを向いた。そんな態度にノボリは苛立ちと困惑を隠せなかった。いつもとは違う態度をとるクダリに何も言えず、もどかしい思いをゆっくりと溜息にして吐き出す。落ち着け、そう心で念じながら。……そんな様子を見ていたインゴは何か言いたげにノボリに手を伸ばすがそれはエメットによって止められた。しかし差し出された手を掴むことなくインゴはクダリと同じようにそっぽを向きノボリの耳に口を近づける。そしてまた突き刺さるような視線。

「っ、な、なんです?」

耳に息を吹きかけられるむず痒さにノボリは一瞬身体を強張らせるが、インゴは一言告げた。


「ノボリもクダリとがんばって下さい」
「………は?」


返事など端から聞く予定などなかったのかインゴはそうノボリに言うと歩き出す。エメットは普段は見せないインゴの言動に何だか煮え切らない思いで。しかし随分と面白いことになっているノボリとクダリ、2人を交互に見てから笑みを深めインゴを追った。


「二人とも幸せにね!」

大きな声で理解不能なことを言われてノボリは首を傾げ、クダリはそんなノボリを無言で見つめ制帽を深く被り直した。