卑怯者と嘘吐き

ヤンデレクダリ×ネガティブノボリ



最初は一緒に寝ることだった。次にお風呂、登下校と――

ノボリはクダリを拒んだ。


大好きで大切だったから。これ以上一緒に居るとクダリを汚してしまう気がしてという単純な理由。ノボリはクダリのことを愛していた。家族愛なんかでは推し量れないぐらいの実の弟への愛。ノボリは自分がおかしいと自覚はしていたしクダリが自分に対し家族愛で好きと言ってくれるのもわかっていた。だからノボリは意図的にクダリから遠ざかった。

それは幼心に誓った数年前の話。




* * * * *



「……彼女?それはおめでとう御座います。とても聡明かつお美しい方なんでしょうね。」
「うん。何でわかったの?可愛い系じゃないって」
「…何故って、貴方が好意を寄せる方は大抵頭がよい美人な方ではありませんか」
「あれ?そうだっけ!まぁノボリに言いたかったのはそれだけだから、じゃあね」


笑顔で部屋へと走り込むクダリの背中が消えるのを見届けた瞬間ノボリはその場に崩れ落ちた。
ついに、ついに彼女が…。常にフレンドリーで異性に好かれやすいクダリだが、今まで付き合うなんてことはなかった。会話も減り二言三言程しか話さなくなったが、ノボリは今でも尚クダリを愛していた。本人にはバレないよう遠くから見守り、時にはサポートもした。しかしクダリから見るノボリは余りにも素っ気なくつまらない兄。それでもクダリが自分に報告にきてくれた事がノボリは嬉しくて堪らなかった。嬉しさの中で負の気持ちが爆発しそうになるが、これはクダリの為、クダリの幸せな将来の為となんとか抑え込んだ。ーーそう、自分の計画は成功したのだ。ノボリの疚しくも汚い感情にクダリが翻弄されることなく、彼女をつくり新たな人生の一歩を踏み出した。これは喜ばしいことであり悲しむことではない。

残されたリビングでノボリは静かに涙を流した。


「…ずっと好きでした、お慕いしておりました、愛してました」

もういい。クダリに執着するのはこれを機にやめよう、これからはあの子の人生。吹っ切れたノボリは穏やかに微笑んだ。

汚いのは自分だけでいい。








「みーつけた」

しかしクダリの部屋のドアの少し開いているその隙間から、熱い眼差しが自分を射抜いていることにノボリは気付かなかった。






* * * * *




最近クダリの様子がおかしい。

あの『彼女が居る』発言から一週間。ノボリは片割れの奇妙な行動に疑問を持っていた。今までノボリが避けていたこともあるが、クダリから何か一緒にしよう等といった類の誘いはここ数年無かった。なのにやたらスキンシップが増え(一昨日なんかシングル車両を降りた途端お疲れ様と笑顔で抱きつかれノボリがその日使い物にならなくなったりもした)、書類整理も自らしノボリと居たがったりと…今に至っては一緒にご飯を食べようと笑顔で告げてきた。正直意味がわからなかった、嫌われる要因は多々あるが好かれる要因は皆無。それでもノボリは嬉しくて嬉しくて仕方が無かった、だけどもしかしたら彼女を紹介したいだけかもしれない……。そう考え誘いを丁寧に断ると。

「…ぼくとじゃ不満?」

ムスリと頬を膨らませ睨むクダリ。
どういうことだ、とノボリは首を捻り考える。彼女をノボリに会わせたいのではないか…。するとクダリはノボリの考えを読み取ったのか、手を叩き笑顔でノボリの心を抉るような言葉を放つ。抉るといっても勿論、悲しみではなく喜びの余り抉るという意味で。


「久々にノボリと2人で夜ご飯食べたい」

自分で依存するのをやめようと決めたのに、このままではクダリへの思いがずるずると…。頭に嫌な予感が走り再び断ろうとしたが、そんなノボリの言葉をクダリが遮る。

「……し、しかしわたくしとではつまらな・・」
「つまらなくない」

真っ直ぐで汚れのない綺麗な瞳、ああ…わたくしは逆らえない……。ぼんやりと頭の中で誰かが囁く。目尻の奥が徐々に熱くなる、どうしてこうも悲観的にしか考えられないのか。ノボリは自分に問う。

「ノボリ?そんなに嫌だった?」
「違います…!しかし、わたくしなどとではなく…その、彼女様を誘って一緒に食べませんか?その方がクダリも楽しいでしょう」

泣きそうになるのを必死に堪え、何とか2人だけで食事という生地獄から逃げようとノボリは提案する。卑怯者と言われるかもしれない、しかし、やはりノボリには無理だった。3秒以上顔すら見れないクダリと食事なんて、絶対ボロが出て嫌われてしまう。本当は2人で食事をしたかったが出来ない、彼女と3人とだなんて自分の孤独感へ更に追い討ちをかけるだけのこと。それでもノボリにはそう提案せざる得なかった。

「それだと楽しくないからぼくはノボリとご飯食べたい。ねぇ、なんで?ご飯すら一緒に食べちゃ駄目なの?ぼくずっと、ノボリと一緒に…」
「やめて下さいましっ!!」

素直で純粋で何も知らないクダリ。そんなクダリの発言にノボリは耐え切れず静止を求め、その場に崩れる。クダリはさぞかし不快な目をしているだろう。これじゃあ更に嫌われ…いや、もう遅い。こんな気持ちを抱いた時点で既に手遅れだった。ノボリは自分の中でそう結論付け、謝罪の言葉を並べていく。

「ごめんなさい、ごめ、なさいっ!」
「……ノボリは、いつもそうだね」

クダリは崩れ愚図っているノボリを一目見てから部屋に戻った。残されたノボリは自分から立ち去る弟に心が引き裂かれた感覚に陥る。もう駄目だ完全に嫌われた、折角好意で誘ってくれたのにも関わらず…。ついに、見捨てられてしまった。ノボリは愕然としゆっくりと体を立ち上げソファに沈んだ。自分の部屋に行く気力など沸かず、ノボリは静かに目を閉じた。




* * * * *


「……こんなとこで寝て…」

ソファに沈むノボリに近付く黒い影、その正体は勿論クダリで、あれから結局部屋に買い置きしていたスナック菓子を食べたのはいいが、リビングがずっと明るい光を放っているのが気に掛かり出てきたのだった。


ソファで安らかに寝息をたてている兄にクダリは自然と笑みが深まる。かわいい、なんて綺麗で可哀想な兄なんだろうか。柔らかい髪の毛を触るとノボリは唸り眉間に皺を寄せた。

「なんでこんなキレイなんだろうね」

泣く必要なんてなかったのに。そう呟いたクダリは誰も見たことのないような邪悪に、尚かつ厭らしく微笑み…ノボリの、泣き腫らし赤くなっている目尻に口付けた。






* * * * *




みーつけた!

みつけた!みつけた!みつけた!!

クダリは舞い上がっていた。彼女という餌を撒き見つけたモノ、それは長年探し続けていた光であり、魅力的なものだった。沸々と湧き上がる思いをベッドに叩き付ける。嬉しさの余り音がならない枕に拳を埋める。

クダリはノボリに避けられた直後からずっと見つめていた。いやそれより前から見続けていた。大好きな兄を。…なんで避けられているのかが最初は分からず困惑したりしたが、ある日バレないよう隠れ、心配気に口を噛み締めクダリを覗いているノボリを見て、考えは一変した。

ノボリはぼくを嫌って避けてるんじゃない!

クダリはそれが嬉しくて仕方が無かった。嫌いなら見つからないよう見守ることもしない、つまりノボリのそれは…。

「ノボリとのかくれんぼはぼくの勝ち!」

小さく呟き手でガッツポーズをし、勝利のVサインを白い天上へ向ける。あれから何年もずっとずっと探していたノボリのクダリへの好意。それが先程、ようやくはっきりと見つけることが出来た。未知知れぬ達成感に包まれベッドに倒れこむと机上にある、ノボリに避けられる以前に撮った2人のツーショット写真が入った写真立てが目に入る。それを見つめながらクダリは笑みを深め、大好きな片割れの名前を呟き目を閉じた。明日からどう接触するか無意識に考えながら――。

そしてそれからクダリはノボリに付き纏った。それは長年の溝を埋めるように、とにかくクダリはノボリが避けるのも構わず何かとつけてノボリの後を追った。鉄道員達には疑問に思われたが、そんなのどうでもいい。・・・ようやくノボリが手に入れるかもしれない、クダリはそんな思いでいっぱいだった。ノボリが自分を否定してもそんなのは本心じゃないことが分かっている。だからこそクダリは真剣にノボリと向き合おうとした。そして少しだけど分かったことがある。それは、ノボリはとんだ臆病で卑怯者だということ。クダリが思うに恐らくノボリは随分前から自分をそういった目で見ていたのだろう。申し訳ないという気持ちと好きという気持ちが混ざり合い、だからこそ態と距離をとった。真面目で弟のことを第一に考えるノボリらしい理由。クダリにはそうとしか考えられなかった。心配気に影から見守るノボリを見て以来、遠くからクダリを見るノボリの姿に気付くようになった。ある年の夏休みでは宿題をやっていなかったクダリが親に怒られながら宿題のドリルを開くと見慣れた文字で埋め尽くされていた。結果クダリは何もしていないのに完璧な宿題を提出。何も言わなかったがクダリの宿題を終わらせたのは100%ノボリで…、まぁそんなこともあった。普段は遠目で見守ってくれているが時には助けてくれたりとクダリは喋らなくなってもノボリが大好きなのは変わらなかった。

そんな兄は誰よりも綺麗な心を持っていた、それはあまりにも綺麗過ぎるもので。夕飯を断る際も泣きながら謝り崩れたノボリを見てクダリはそう思った。なんて純粋なんだろう。彼女と言ってノボリの気を引こうとした結果ノボリを傷つけてしまった、でもそんな泣いてる姿すら愛しい。痛い?ねぇノボリ、痛いの?泣かないで。そう言いたくても言葉に出来ずクダリは部屋に戻る。自分の空間に戻り、クダリの中で息を潜めていた感情が溢れ出す。

ああかわいい、なんてかわいいキレイ、ノボリ、ノボリ、ぼくのノボリ。架空の彼女に嫉妬しながらもぼくに恋焦がれるノボリ!なんてかわいいんだろう!謝ったってことは罪の意識を感じてるの?そんなところもかわいくて仕方がないよ!ああはやくぼくもこの想いを告げたい!一緒にぐちゃぐちゃに溶けて混ざり合いたい!

考えれば考える程笑みが深くなり腹から湧き上がる歓喜に自分を抑えきれず、クダリは咳き込む。しかしそれを苦痛などと感じる暇もなくクダリは笑う。愛しい片割れを思いながら。


暫くして落ち着きを取り戻し、クダリは乱れた息を正し耳を澄ます。そして空腹を満たす為机の中にあるスナック菓子を出しリビングから聞こえるノボリの啜り泣く声をBGMにしながら、それを頬張った。







ノボリ、ぼくは絶対過去形になんかにさせないからね