嫌悪の中で見つけた僅かな光

への字な口を更に曲げた黒とそんな黒を呆れ気味に見やる黒ことインゴ。彼は困っていた。


「いい加減機嫌を直したら如何です?大人気ない」
「いやです。何故わたくしがこのような白いの2人と同じ空間に居ないといけないのですか」


ノボリがそう吐き出すとクダリは反射的に反論する。これもいつものこと。


「はいー?それはこっちの台詞。というかエメット、何でぼくこいつらと居ないといけないの気分悪いんだけど」
「…んー?」


同じ顔をした4人、その中で唯一機嫌が良さそうなのはエメットただ1人で。そんなにこにこと微笑みを絶やさない姿を見てインゴは軽く心を打たれ、ノボリは苛立ちが倍増する。同じ黒でもこんなに差があるのは日頃からの仲の良さの違いであろう。



「だってボク、ノボリとインゴの2人が並んだとこ見たかったんだもん」
「はい?」
「うわ、最悪だねそれ」
「………」


上からエメット、ノボリ、クダリ、インゴ…と反応は様々だがとりあえず事態のくだらなさに気付いたクダリは溜息をつき帰り支度を始めた。それを見てノボリは早く帰れと念じ、エメットは楽しそうに笑いながらクダリに駆け寄り耳元で囁く。


「…いいの?キミのおにいちゃん貰っても」
「は?いいよそんなの。欲しいならあげる。というか離れてきもい」

ぱしりとエメットの白い手を払い除けクダリは気だるそうにドアを開け帰って行った。…そんな片割れを見つめるノボリの目にほんの僅かに寂しさを含んでいるのを、洞察力に長けているエメットが見逃す筈なく。回転の速い頭を使いどうするか必死に考える。勿論その間はノボリ以外眼中にないくらい見つめ、後ろから感じるインゴの視線に今までに無い以上に悦に浸る。ここでエメットの頭の中を覗くとしたら恐らく既に目的はノボリクダリのことではなく、如何にインゴを嫉妬させ自分を求めさせるか。そんなことばかり考えているであろう。それ程までエメットはインゴに執着していた。

嗚呼堪らない…!

背筋にゾクゾクとした心地の良い何かを感じながらエメットは笑顔を崩さずノボリに話し掛ける。

「ノボリはクダリのこと好きなんだね?」
「は、い?何ふざけたこと言ってるんですか。寝言は寝てから言って下さいまし。それとわたくしインゴ様とならお話致しますが、貴方様のようなクダリにそっくりな方は嫌いですので気安く話掛けないで下さいまし」


嫌悪感など隠すつもりは端から無いのかノボリはそうエメットに言い放ち、インゴの方を向く。すると大好きな白を見つめていたインゴの体が急に強張り、瞬時にいつもの強気な表情に戻った。周りからは冷たく機械のようなサブウェイマスターと呼ばれるインゴ。ノボリより感情表現が下手なのか周りの人間が嫌いなのか、ノボリより数倍不機嫌そうだ。


「わーノボリったらひどーい!ボクはただノボリ達と仲良くしたいだけなのにさ!ね?インゴ」
「いい様です。それにノボリ様が迷惑なら、ワタシは…」


言い難そうに言葉を窄め、誤魔化すかのように制帽を深く被り直す。そんなインゴにずっと楽しげに微笑んでいたエメットの目が細められた。目の前の白に違和感を覚えたのは目線を逸らし俯いているインゴではなくノボリで。

「……?」

どこかただの仲良しに見えない2人を注意深く見やる。すると突然コートが軽く引かれ、目線を寄越すと。何故かエメットとは反対側の壁にあるカレンダーを見つめながらインゴがノボリのコートの裾を掴んでいた。


「どうしたのですか?インゴ様」
「エメット、ちょっと出て行って下さいませんか?邪魔です」
「…ふーん。うん、まぁいいよ、わかった!インゴ、外で待ってるからね」

思ったよりあっさりと引き下がったエメットにノボリは唖然とする。というかインゴにコートの裾を掴まれ遠回りに用があると言われるこの状況がノボリには理解不能だった。このインゴとやら、先程ノボリと会ったばかりだが。口数もノボリよりは数段少ない上何やら口が悪い(これはノボリも人のことを言えないが) エメットと仲が良いのか悪いのか。ノボリにはてんで理解したくもない人物だった。しかしエメットに比べたら比較的好意を感じるのもまた事実で、同じ黒い車掌としてはいけ好かない奴よりは話が通じそうだ。エメットのインゴを見るあの目も少しばかり気になったが出て行った今ではどうでもいい話。


「…えっと?インゴ様お話とはーー?」


ノボリの問いかけに応えるように静かにインゴの唇が動いた。




* * * * *


「うざい、しね、ころす」
「…ねぇ、君残ってノボリ貰うとか言ってなかった?」

場所は変わってライモンシティ。帰る前にジャッジと話し込んでいたクダリをエメットは目ざとく見つけ捕まえていた。先程の笑顔はどこへ行ったのか苛々と愚痴を言い始めたエメットにクダリは缶ジュースを差し出す。ギアスステーションだとノボリもインゴも居るので会う確立が高く。色々と面倒なので何故かエメットに観光目的という名でつれて来られたライモンの遊園地に2つの白は居た。ベンチに腰掛け、地面を踏み散らすエメットにクダリは呆れつつ買ってきたジュースの口を開け飲む。ああなんていう厄日なんだ……そんなことを考えながら。


「ねぇ、なんなの?ボクはインゴに嫉妬してもらいたいだけなのに、なに?きみのお兄ちゃんなんなの!ボクからインゴとる気?!」
「…は?」


ころすころすしねと呪文のように呟くエメットから聞こえた愚痴にクダリは持っていたジュースを地面に落としてしまった。


「なに。とるって…、というかきみ本当何考えてるわけ?」
「……そんなのインゴのことしか考えてないよ?」


さらりと惚気られクダリは眉間に皺を寄せる。自分と同じ顔でノボリと同じ顔の奴のことをそんな風に言わないで欲しい。ああムカつく。


「あんな奴のどこがいいの?ノボリと同じで無愛想だし気持ち悪いじゃん」
「ん?何言ってんのさ?あの無愛想でツンツンだけど本当はすごい構ってちゃんなのがいいじゃん!あのこっち見て、私だけを見て!構って!って視線ほんと堪らないよ」


ゾクゾクする!

みんなを魅了する笑顔で言った後すぐエメットの表情は暗くなった。

「なのに、インゴの奴…。ノボリのこと気に掛けるしコート掴むし…!何?なんでこんな短時間で懐いちゃってるわけ?ほんとノボリ殴りたいなぁ…あ、でもどうせならぐちゃぐちゃしてからがいいかなぁ……顔はインゴと同じだし」



クダリは押し黙った。エメットが何故こうもインゴに依存執着しているのかが分からない。気に食わない片割れが殴られるのは大歓迎だが顔が同じという理由が心底引っ掛かる。


「…別に同じ顔でもキミの好きなインゴとやらじゃないんだから。ぼこぼこに殴ればいいじゃん。」
「……へぇ?ボクが八つ当たりだけすると思ってる?」
「は?」



エメットの言うことなど理解したくないが引っかかる言い方をされクダリの機嫌はまたも急降下。そんなクダリにお構いせずエメットは自分が思っていることを勝手に話し出す。


「ボクねインゴにキス1回しかしてないんだ。大切にしてるし、何より焦らしたいからね!だからインゴにまだ出来ないことをノボリで試すとか最高じゃない?!とりあえずあれだよ、突っ込みたい!男相手なんかしたことないけどノボリならインゴと顔似てるし余裕だよ!ふふっ」
「…それはつまり、ノボリをインゴの練習代として犯したいってこと?」



正解!と声高らかに言うエメットに軽蔑の眼差しを向けると共に、クダリの胸を何かもやもやとした物が支配した。よく分からない。否理解したくないだけかもしれない。クダリは拳をつくりベンチへと叩きつける。するとそんな行動を別の意味で捉えたのかエメットがこれまた締まりの無い顔でクダリに話し掛ける。


「もしかして駄目だった?」
「……。別に、勝手に犯せば?」
「ふーん?まぁもう先手は打ったからいいけど…」


エメットは少しずつ変化するクダリの態度が面白くて仕方が無かった。だから先手など嘘をついた。しかしそんな冗談が通用などする筈もなく、クダリのどんな時にも崩れない笑顔が凍りついた。


「…先手ってなに」
「ん?ああノボリ可愛かったよ?慣れてないのか凄い慌てちゃって…」


本当は何もしてないけど。内心でそう呟きながらエメットは嘘を重ねる。むくりと膨れ上がる好奇心が抑えきれずに目の前の白に語るように口を滑らす。自分がどうやってノボリを抱き締めキスをしたのか口内をどう弄ってやったのか。ある事ない事吹き込みエメットは反応を見た。しかし思ったよりもクダリの表情は変わらず、一瞬だが凍りついていた笑顔も既にいつもの笑顔に変わっていた。つまらない。素直にそう感想を内心洩らしつつエメットはノボリとクダリの関係について考えた。一見して2人とも嫌悪し合っているがどこか違う。心の奥底では嫌いという感情以外の何かがあるように感じる。ある意味自分達とは違う共依存かもしれない。嫌いだけど気になる、それはつまり・・・。エメットはこの短時間でそこまで辿り着いていた。結論に近いものを導き出し、エメットは己の頭の回転の速さを少し恨んだ。


「ぼくノボリのことなんて興味ない」
「…素直じゃないね」
「きみに言われたくない」


きっぱりと切り捨てられ思わず苦笑がこぼれる。確かにエメットさえちゃんと行動に移したらインゴはあんなにツンとしなくても済んでいたであろう。自覚がある故反論など出来ずエメットは笑った。そんな彼をクダリはまたも面倒臭そうに眺めた。笑いに笑って、気分がいい所為かとんでもない爆弾を投下した。


「でもノボリはきみのこと好きだよ」
「………は?」


唖然とした目の中に幽かに光る輝きを見つめながら。エメットはここには居ないノボリに笑いながら謝罪した。