可哀想なのは

インゴは可愛くて可哀想だ。

「エメット、行きますよ」

ほら。

可哀想だ。

いま同情されてるなんて思ってもないのだろう。可哀想、けどそんなところが可愛い。

ボクの弟は人とのコミュニケーションが極端に苦手だ。虚勢をはって、辛辣な言葉達で相手を傷つけてきた。そのせいかインゴは口数が幼少期より格段に減った。
口を開けば人に嫌な顔をされ、陰口に仕様もない嫌がらせ、そして必ず皆から邪険に扱われる。そんなこんなで疲れてしまったのか・・・インゴは笑わなくなった。

こうして見事、堅物、怖い上司、インゴの・・・冷徹の黒が完成したのだ。


「ふふ」
「何ですか。気持ち悪い」

その過程を見てきたボクからしたら、ほんと、インゴ可哀想。
素直になれないだけで周囲の大人には可愛げのない子供、同級生には余裕綽々でムカつく奴、だなんて勝手に思われて!


「ねぇ、インゴ」
「何ですか」
「可哀想だね」


唐突に切り出せば、眉をしかめ顔に堂々と不機嫌という文字を書いてくれるインゴ。うん、可愛い!

「何が」
「インゴが」
「・・・・・ワタシが?」
「うん、とっても可哀想」


ただ素直になれないだけなんて、自業自得だよね。でも見捨てないよ、だってボクは不器用で可哀想なインゴが大好きだから。
ってあれ、なんかインゴ足速くない?あれれ?なんで逃げてるの?ちょっと、インゴ逃げるなんて酷いなあ。


「インゴ!!」
「・・・」
「インゴ!待ってよー!」
「・・・・」


無口で逃げるインゴを追い掛ける。
・・・ボクずっと疑問に思ってたんだけど、・・弟の現実逃避する速度が昔から尋常じゃないのは何?そんなに傷付きたくないっての?
はぁ。軽く溜め息をつき、インゴの腕を掴むと震える身体に僅かながら聞こえるしゃっくり混じりの啜り泣き。
・・・ん?あは、泣いてる?あのインゴが?なにそれ可愛いんだけど。

「インゴ、どうしたの?いきなり・・・」
「・・・お前が、可哀想というか、ら・・っ」
「え?それで逃げたの?」

こくり。と頷くインゴをみて腹の底から笑いがこみ上げる。あははっほんと、インゴ可哀想!ボクに可哀想って言われただけで泣きそうになって逃げるなんて!どこまでボクが好きなわけ?
哀れだなぁ。と少しだけ思ってしまう。


「インゴ、泣かないで?可哀想なんて嘘だよ」

「・・・・ほんとですか」
「うん。まさかそんなに傷つけちゃうなんて・・・ごめんね」

悄げた仕草で謝罪すれば。作り慣れてないせいか歪な、しかしとても幸せそうな微笑みがボクを出迎えた。
そんな微笑みを眺めつつ、心の奥底の溝沼ではボクを歓迎する波が大きく揺れていた。





ばか、だなぁ。





・・・ほんと、すぐボクのこと信じちゃうんだから。


インゴって馬鹿だよね。

だから、こんな奴に好かれちゃったんだよ。

無理矢理孤立させられちゃったんだよ?友達も作らせてもらえなかったし、注いでもらえた筈の愛情も注いでもらえなかったんだよ?双子なんだから分からない筈ないよね。ボクが裏でしてたことなんて。


それなのにボクと一緒に居るって・・ほんと、インゴって可哀想。





ボクに好かれなければ、想像もつかないぐらい楽しい人生だったろうにね。