嫌悪感で埋め尽くされた温もり

べしゃん。
今し方目の前で派手に転んだ人物にクダリは目を奪われた。

「・・・」
「・・・」

「・・・・」
「・・・・・・」

長い間の後その"人物"は、のそのそと起き上がり何事も無かったかのように歩き出そうとしていた。まるでこの空間には誰も居らず。端から自分一人だったかと主張しているかの立ち振る舞い。その光景を前にクダリは眉間の皺を刻む。

「ねぇ何無かったことにしてるの」
「・・・おや、居たんですか?余りにも存在感が無くて気付きませんでした」
「は?今目の前で?しかも?何もないところで?躓いて転んだのは誰だっけ?」

冷やかな空気が支配する最中。原因を自ら作ってしまったノボリは苦虫を潰したような顔で舌打ちをする。なんたる忌々しいことか。よりによって一番見られたくない人物に見られてしまったのだから。

「煩いです、その減らない口を閉じて下さい。永遠に」
「煩いのはそっちでしょ。転んじゃって恥ずかしいね?悔しいね?でもぼくはとっても愉快な気分だよ。ありがとう素敵な姿見させてくれて」

鼻で嘲笑う白に沸々と怒りが煮え滾る音を感じる。どうしてくれようか。思考の道へ足を踏み入れた刹那。忘れていた痛みが膝に迸る。

「っ!」

思わず声が漏れそうになったも咄嗟に唇を噛締めソレに耐える。唯でさえ無様な姿を晒してしまったのだ、これ以上は耐え切れる自信が無い。
しかしそんな兄のちょっとした変化を嫌でもわかってしまうのが双子というもので。

「血」
「!」
「・・だっさ」

溜息をつきつくづく面倒だという雰囲気を纏い、クダリは舌打ちをする。

「黙りなさい。というか、よく血が出てるなどと分かりましたね。何ですか気持ち悪い」
「・・はぁ?!」

黒色のスラックスなのだから。と理由付けて反論すれば、クダリは言葉を飲み込んだ。普通ならばノボリが言うように黒色に血が滲んでも分かり難い。例え血の匂いがしたとしてもだ。その量は微量、嗅ぎとるにも難しい。思いつく範囲でノボリが次々と指定すると、クダリは我慢出来なかったのか・・・・壁に拳を叩きつけた。そこで漸くノボリは口を閉じ、2人しか居ないホームに静寂が訪れる。


「何ですか。暴力ですか?」
「煩い、本当に君煩い、煩い煩い!」
「はい?それはお前でしょうに。わたくしは唯疑問を口に出したまでです。」
「だからそれが煩いんだよ!」
「・・・はぁ、そうですか。ならわたくしはもう行きます。此処に居ても何ら楽しくもないですし」

少々痛む足をぎこちなく動かしノボリはその場を去ろうと一歩。また一歩と歩み始めた・・のだが。刺さるような視線、掴まれて動かない腕、そして感じる温もり。

「・・・・」
「・・・・」
「・・・・・」
「・・・何だよ」

隣に目をやれば、自分とそっくりなむっつり顔。制服の色も同じだったらどちらか分からなくなるだろう。白い彼からしてみたら、珍しい顔。しかしノボリの前では通常の態度・・・の、ハズ。なのだが。・・・違う。何かが、違う。また"あの"違和感を感じる。

掴まれた腕を振り解こうとするが、相手は離すまいと余計力を込めてくる。埒が明かない状況にノボリは苛立ちを隠しきれない。

「・・いやお前こそ何してるんですか?離して下さいまし、虫唾が走ります」
「それはこっちの台詞だって言っただろ。黙れよ、煩い」
「いやですから・・・っ!?」

腕を強く引かれるも抵抗しようと試みるが。怪我した足では踏ん張れずノボリの腕はクダリの肩に回され、重心が彼に寄り掛かった。その為足に痛みは走らないものの、とても不快で奇妙な気分に陥ることになった。
このまるで怪我人を無理させないような体勢。一体この男は何を考えているんだ。ノボリの眉間はより深く谷を作る。

「重・・」
「・・・。え、あ、お・・はい?!な、なななんですか!!離しなさい!!お前なんかに借りなんて作りたくな」
「はいはいはいはいはいはいはいはい。黙ってねーうるさいからねー喋らないでねー耳障りだよー」
「はぁ?!」

問答無用でゆっくり前に進むクダリにノボリは逆らえず、一緒に歩みを進めることしかできなかった。離せと喚き続けるがそれすらも無視される。段々空しくなり互いに口を開けず、静寂の中渡り廊下を進んでいくと目的地であろう医務室が見えた。


「・・・・・」
「・・・・・」

何故弟が自分を手助けしているのか、全く見当も付かない。
一体何を企んでいるのか、貶めようとしているのか、いくら思考の旅に出ても答えは一向に出てこない。
そんな中感じる、温かい片割れの体温。昔はずっと隣で感じていたそれが今ではーーー。


「座れば」
「・・・・言われなくても分かってます」
「はっ、どうだか?ぼーっと呆けてた癖に」
「な・・!それは貴方の体温が子供みたいだったから驚いてただけです!」
「・・は?」


唖然としているクダリにノボリは瞬時に後悔し、なんでもありませんと訂正した。

今彼が後悔している項目は2つ。
1つ目は体温、つまり温かかった、と言ってしまったこと。
2つ目は今まで頑なに「お前」と呼んでいたのに「貴方」と昔の呼び方をしてしまったこと。
この2つだ。

幸い医務室には出張で掛かり付けの医師は居ないが、それは返って仇となった。クダリは今にも笑い出しそうにしながら不機嫌そうに目を細めていた。何とも器用な表情筋だろう。素直にそう感じたが、自分の失言の後では簡単に言葉に出すことも出来ない。何とも居心地の悪い空間の中、クダリは小さく舌打ちをしてからノボリの前に屈んだ。
そんな行動にも驚いたが、自分がいった失言をからかわず、文句も言わないクダリにノボリは違和感を感じた。そう、またあの違和感を。


「なにしてるんですか」
「・・派手に転んでまともに歩けなくてぴーぴーしてたの何処のどいつだよ。ぼくからしてみたら全く好都合でざまぁみろって感じなんだけどね。でも一応サブウェイマスターだろ?一応。別にマルチはしなくてもいいんだけど、マルチに来る客は居るだろうし?バトル出来なくなるのは嫌だからね。だから念の為、診てやるんだよ」

今ここの人居ないしね。
と態とらしく饒舌に喋るクダリの顔に蹴りをかましたくなったが、怪我をしている状況では圧倒的に不利。もし実行したとしても腫れ上がっている患部を掴まれ仕返しされるのは目に見えている。
だから大人しくしている他ない。


「・・・・明日は槍が降りますね」
「それをいうなら、こっちのセリフ。朝食の時点で槍が流星群のように降ってるんじゃない?」
「あれは偶々です。勘違いしないで下さいまし。」
「へぇ?ならぼくのこれも偶々だから。優しくされたとか勘違いしないでよね?鬱陶しいから」

減らず口に減らず口。
しかしこんな光景は日常茶飯事。けれど最近は前とどこか違い、互いに拭い切れない違和感を感じる。
黙って文句を言わず此方を見続けるクダリにノボリが切れた、あの日から何かが変化しているのを感じ取っているはずなのだが。・・・いや、正確に思い返すと。あの海外の自分達にそっくりな者達がきた、あの日からかもしれない。どちらにしてもこうなってしまった以上結果は変わらないのだが。それを言ってしまうと、今まで保ってきたものが崩れそうでお互いにそれは絶対に口にしない。暗黙の了解と化しているのだ。
理解したくもないが、そこは双子。口に出さずとも分かってしまう。


「・・・本当馬鹿ですね貴方」
「・・・君に言われたくない」


はぁ。と大きな2つの溜息が見事にシンクロしたのが耳に入る。・・しかしそれがノボリの背中を押す結果になる。

よし決めた。

不吉な言葉を残した黒い友人に連絡をとろうと決めたのは、この時だった。