一瞬の温もり

夕暮れ時のギアステーション。地上で大きなイベントがある所為か、バトルサブウェイを利用する客は少なく。普段より静まり返った地下に響き渡る声。

「・・・」
「あ、わたくしに・・ですか?」

無言で差し出された可愛らしい袋にバトルサブウェイのボスの1人、ノボリは困惑した表情で。目の前に居る、遠い地方で同じくマスターを勤める黒いボス、インゴを見つめる。むっすりと口をへの字に曲げ目を細めノボリを見下す姿に畏怖すら感じ取れる。しかし本人の頭の中を覗くとそんな言葉は掻き消される。

「・・・早く受け取ったら如何です」
「す、すみません・・インゴ様」


あああ・・なんて慎ましやかなノボリ様・・!まさにワタシが求めた理想像!


素っ気無い態度で顔を背けるインゴにノボリは申し訳なさそうに袋を受け取る。そんな姿に内心発狂し表に出そうな自分を必死に抑えるインゴ。彼がノボリの前で冷徹風な男になる最大の原因の1つ。彼の片割れ、エメットの前ではツンケンしていても表情は若干柔らかい。しかし意中の相手を前にするとポーカーフェイスを作るのに必死で。ついノボリを怖がらせてしまう、それがインゴの悩みだった。


「開けても宜しいでしょうか?」
「どうぞお好きに」
「あ・・はい・・・」
「・・・」
「こ、これは・・」


袋の中から出てきたのは小さな可愛らしいテディベア。ふわふわのミルクティーブラウンの毛にくりくりとしたまん丸の目。首には赤いリボンと、王道ともいえる愛らしい姿にノボリは目を輝かせた。

「ブラボー・・!なんと可愛らしいことでしょう・・!インゴ様、あのこれ・・」
「・・・何ですか。何か、文句でも?」
「いえ文句だなんてとんでもないです、そうではなくて・・その、このテディベア頂いてもよろしいんですか?」

首をこてんと傾げるノボリにインゴは内心絶叫した。しかしそれを表に出してはドン引き・・いや嫌われる可能性大。唇を噛み締め必死に自分を抑え、テディベアを見つめる。ノボリに手のひらに納まるそれはとても可愛らしく、彼に似合っていた。買って良かったと。素直にそう思える程に。

「別にそれは貰っただけです。ワタシには不要なものなので貴方にと、思っただけですので」
「そうなんですか・・インゴ様ありがとうございます。」
「はい?ですから唯の貰い物だと言ってるでしょう。何故ワタシに礼を言うんですか」
「しかしわたくしに譲って下さったのはインゴ様です!お礼を言うのは当然です・・いえ寧ろ言わせて下さいまし」

恥ずかしそうに目を伏せ、はにかむノボリ。余程嬉しかったのだろう、テディベアの頭を撫でながら「インゴ様もどうです?」とテディベアを差し出してくる。その姿がまた何と可愛らしいことやら。インゴは理性の波に揺られ恐る恐る手を伸ばす。

「あ、あの?」
「・・・」
「い、インゴ様・・?」
「・・なんですか」
「何故わたくしを撫でているのでしょうか」

頭に掛かる程好い重さ。テディベアは片手で自分の手ごと包まれ、もう片方の手で優しく頭を撫でられる。それはまるで抱き寄せられるような錯覚に陥る状態で、ノボリは身動き一つ出来なかった。静かに、優しく、頭を撫でてくるインゴ。ぶっきらぼうのようでとても穏やかで優しい彼の手の温もりを目を閉じて感じる。やはりインゴ様はお優しい・・、クダリが言うような酷い御方ではないのですね。

「あのインゴ様・・」
「どうです、と言ってきたのは貴方でしょう」
「・・え。」
「だからお言葉に甘え撫でているのです」

テディベアのことなんですけど。と、花を飛ばしているインゴに言うのもあれだ。ノボリはそう思い静かに、受け入れるかのように、再び目を瞑った。


「・・・インゴ様の手、温かいです。」
「・・・・そうですか」





貴方様と居るだけで冷えた心が一瞬で温かくなるのです。


そう言えたなら、なんと幸せなことか。インゴはノボリの背後に見えた白いコートを見て自分の中の大きな苦虫を潰した。あと数歩、彼が着たらきっと言うのだろう。自分達の邪魔をするのだろう。




「ねぇ何してるの?」


愛しい彼の弟がそう一言いっただけで。


「クダリ!見てくださいっ、今これをインゴ様に頂いたんです!」


インゴの、すぐ近くにあった愛しい温もりは離れて行き、こうしてまたいつもの日常が始まったのだった。