ねぇ気付いて

「ノボリ!」
「何ですか」
「ちゅーしていい?」
「……は?」

ノボリがクダリの突拍子もない発言に固まって数秒。クダリはそんな片割れを締りのない顔で見つめ追い討ちをかける。その際片手でノボリの手を握りもう片方の手で素早くノボリの顔を固定。余りにも速く完璧に近い行動にノボリは大した抵抗も出来ずクダリにされるがまま。


「じゃあちゅーするね」
「ちょっと待って下さいまし!」

クダリはノボリの口元へと遠慮なく近付くが、寸でのところで意識を此方側にもってきたノボリがそれを制する。その顔には余裕など持ち合わせておらず、突然の弟の行動に眉間の皺を寄せ頬には冷汗を一筋流しながらノボリは近付いてくる顔を必死に止める。


「いきなり何ですか!やめて下さいまし!」
「……なにって。ノボリにちゅーしたくなったから、だけど?」

キスを拒まれた所為でクダリの機嫌は駄々下がり。そんな弟を見てノボリは溜息が漏れる。今ではこんなに自由気ままに思ったことを行動に移すクダリだが、少し前までこうでは無かった。ノボリにクダリが変わってしまった理由はよく分からないが、自分が関係していることは薄々と感づいている。



それは一週間前の、ノボリが母に顔だけでも出してと頼まれ行ったお見合いの後だった。




* * * * *


「ノボリ」
「はぁ、クダリいいですか、わたくし別に結婚など考えておりませんから」
「っっでも!でもでもでもでもっ!」
「よく見て下さい。…母に押し付けられたんです。でなければお見合いだなんて誰がするものですか」

何か勘違いして泣きそうになっているクダリを落ち着かせようとノボリは手紙を差し出す。クダリは凄い速さでそれを受け取り目を通した。暫くするとクダリは盛大に笑い出して、ノボリは心配になり話しかけようと手を伸ばした瞬間その手は凄い力で捕まれた。


「あの、痛いですから離し…」
「はははは!もうなにこれ、笑えちゃう。ノボリには意見をしっかり言えて引っ張ってくれる方が良いと思うの?は?バカじゃないの」
「ク、クダ…?」


けらけら笑いながら母からの手紙を引き裂く片割れにノボリの背筋にゾッとした何かが走る。それでも尚クダリは笑いながらノボリの手を掴み力を込め続ける。余りの痛さにノボリは解放するように訴えるがクダリはそれすら楽しいのか笑いながら爆弾投下。



「ノボリには意見がしっかり言えて引っ張ってくれる人がいいなら、ぼくがなってあげる」
「…え?」
「今まではノボリに嫌われるかと思って控えてたけど、もういいよね!」
「クダリ?どうしたんですか…?」


いつもの甘えたでノボリが居ないと何にも出来ないといったようなクダリはもう既にそこには居なく、ノボリはただただ困り果てるしか無かった。


* * * * *




あのお見合い騒動の後から甘えただけどどこか今までとは違うクダリになった。そうノボリは感じている。今みたいに突然キスをねだってきたり、抱き締めてきたり・・・と。兎に角クダリがする事成す事言う事全てが世間一般でいう恋人のようになった。ただそれだけ。勿論2人は恋人同士ではない。今まで通りの双子、家族という形で変わりない。だけども最近のクダリはおかしい。そうノボリが言っても片割れはあっけらかんと「おかしくない」といつもの笑顔。


「ク、クダリいい加減に離して下さいまし!」
「いい加減にして欲しいのはこっち」

キスするかしないかの攻防戦。ノボリがクダリを拒絶するとクダリは今まで見たことのない冷ややかな目でノボリを見つめる。そんな弟にノボリは何だか泣きそうになる。目尻がじんわりと熱を持ち、込み上げてくるそれを堪える為口内を噛み締める。

ノボリには何故クダリにそういう目をされるのか、何故そういわれるのかが見当などつかなかった。突然キスしたいといわれて手を捕まれ顔を固定され、離してと言えば見たことのない顔で此方をみるクダリ。そして言われた言葉、自分が何かクダリにしてしまったのかとノボリは自問自答を繰り返す。しかし答えなど出てくる筈も無く只管目の前の弟に問うことしかできなかった、

「クダリ、わたくし、何か貴方にしました…?」
「うん。」
「!一体何を…」
「そういうとこ」


え。と声を洩らした次の瞬間、ノボリの唇はクダリに奪われる。噛み付くように口を奪われノボリの口から意味の成さない言葉が時折漏れる。深く口付けられ口内を我が物顔で暴れまわるクダリの舌にノボリは追い回され、無意識に助けを求めるかのようにクダリのコートを掴む。そして徐々に力が抜け、その白いコートに縋りつくかようにノボリは崩れ落ちる。そんな兄を見て弟は心底幸せそうに微笑んだ。





「鈍いノボリでも、ぼくが君のことどう思ってるか分かったでしょ?」




そう耳元で囁かれた途端ノボリは口をぱくぱくと金魚のように開閉させた。そしてクダリのコートの裾を掴み引き寄せて目を閉じた。