百恋物語*




静かな森奥に聳える白く大きな館。丁寧に手入れされた庭に、綺麗な池には水鳥達が羽を休めている。周りに人気はなくまるでそこだけ別世界のような空間。そんな人を寄せ付けない館の前に一台の車。付き人がドアを開けて出てくるのは館の主の男。白いコートに身を包み笑顔を浮かべた。

「今日なんかあった?」
「はい、今日は新しいメイドが1人…」
「へぇ?また?あのじじいも懲りないね。いい加減にしてよ、ぼく女嫌い。」

どうせまたクビにしちゃうよ。無邪気に笑い白いコートを靡かせ男は館に入って行った。彼の名前はクダリ。この館の主人で名のある一族の者。白い服が妙に似合う彼だが性格は中々捻くれていて。社交的で頭の回転が速い以外では子供っぽく悪戯好きで潔癖症、その上女嫌い。このままでは跡継ぎも出来ないと困り果てていた「じじい」こと彼の伯父が、彼専属のメイドをつけるようになったのは1年も前からだった。しかし伯父の祈りは届かず、クダリは雇われたメイドを1週間も経たずにクビにしていった。そして今日は記念すべき100人目のメイド。


「っち、余計なことして…」

クダリは舌打をし自分を待っていたであろう玄関で頭を下げているメイドを呼んだ。呼ばれたメイドは肩を少し震わせながらゆっくりと顔を上げた。その間何故かとても待たされているような妙な気分になってクダリは目を細める。しかしメイドが顔を上げ目が合った刹那、苛々した気持ちが消え去り代わりに得体の知れない高揚感に襲われる。

「わたくし今日から身の周りのお世話をさせてもらいます、メイドのノボリと申します。どうか宜しくお願い致します」

緊張しているのか瞳の奥は揺れていて今にも泣き出しそうで…。その精一杯な姿にクダリは雷に打たれたような衝撃を受ける。

「………きみ」
「あ…」
「っお前はもう下がっていい!クダリ様、申し訳ありません。新人故…」

ベテランの執事が下がらせようと大きな背を使い隠そうとする。けれどそれは主人によって制された。女嫌いな主人のこと、もしかしたら殴られるかもしれない。嫌な記憶が脳裏に過ぎる。「女なんか必要ない」と言いメイドを殴り嘲笑うあの姿。二度とさせたくはない。密かに執事は自分自身に誓いを立てていた。しかし今もしかしたら再びあの光景が…、そう思うと新人のメイドに何としても隠れて欲しく。必死に主に情けをかけてもらうよう許しを請う。だがそんな声も空しくクダリはメイドを見つめる。

「クダリ様どうか、見逃して下さ…」
「煩い黙って。ねぇ本当にキミ、ぼくのメイドさん?」
「あ、はっはい。」

執事を突き放し品定めするかのように上から下まで見て、クダリの視線がノボリの目で止まる。…どこかおかしい。傍観者と化していた執事は奇妙な違和感を感じていた。主人は女嫌いで目なんて母親以外で合わせたことがないぐらい、の筈。それなのに何故こんなに興味を示しているのか。

そんな心配されているとは知らずに主人ことクダリは実に愉快な気分で作り笑顔すら忘れ微笑を振りまいていた。訳がわからないけれどこのメイド、気になって仕方が無い。どことなく自分に似た風貌の清楚な女。いや女性と言い換えたくなる程いつも感じる嫌悪感が無かった。


「じゃあノボリ宜しく。ちょっとコート持って」
「は、はい!」


メイドにコートを預け階段を上がっていき、踊り場付近で後ろを振り向く。

「ちょっと何してるの?着いてきなよ、メイドでしょ?」
「っ申し訳ありません!ご主人様!」

ぱたぱたと音を立て白いコートを抱え着いていくノボリの姿はまるで雛鳥のようで。普段なら苛立たしい思いしか沸かないその姿にクダリは口角を上げ、ゆっくりと段差に足を乗せた。




そしてそんな光景を見ていた執事は唖然としながらも正気に返り、主人がホールから居なくなったのを確認。慌てて胸ポケットから携帯電話を取り出し、耳に添えた。


「大旦那様!ついにクダリ様が…!!」





大きな館でのちょっとした出来事、しかしそれは白い館の主人を大きく変えることになるのでした。