歪純白迷宮


「……は?」
「ですから先程これを」

唖然としているエメットを横目にインゴは一通の手紙を制服の内ポケットから出す。一見シンプルなどこにでもある普通の手紙。しかしとめてあるシールは赤い薔薇で、表には「愛するインゴ様へ」と丁寧に書かれていた。それを見てエメットは手紙を半ば無理矢理奪い中身を確認する。唇を尖らせそわそわと落ち着きのないインゴとは裏腹にエメットの思考は冷静になっていく。……なにこれ、気持ち悪い。エメットが手紙に目を通し終えての感想は酷いものだった。長ったらしい文章に陳腐な愛の言葉がだらだらと並べられている。自分が如何にインゴが好きか、どれほどまでインゴが綺麗かなど。エメットからしたらくだらない内容だった。インゴはもう読んだのか頬を少し赤くして落ち着きがなく。そんな片割れにエメットは腸が煮え返りそうになるのを抑え、インゴが期待してはいないであろう言葉を投げる。

「中々素晴らしい人じゃない。それでインゴはどう返事したの?」
「え…」

困惑するインゴに更に笑みを深める。恐らくインゴはエメットに焼いてもらいたかったのだろう。恋人なのに止めてくれない、どうして。そんな瞳で見上げてくる。彼が男女問わずモテるのは今に始まったことじゃないのをエメットは知っていた。目を引く外見、黒で隠され程良く筋肉がついた比較的華奢な身体に綺麗な銀色の髪。ぷっくりとした唇に真っ直ぐな瞳。一見きつそうに見える性格の裏には優しさが押し込まれていて。知れば知るほど魅力を感じられる、そんな人。冷たく見られがちの彼の優しい素顔を知っている者からしてみれば好かれない要素などどこにもなかった。そんなインゴにエメットは笑顔で返す。……それは自分の笑顔を、インゴが一番好きと知っている彼ならではの方法で。

「ワタシまだ…」
「え?まだなの?なら早く返事してあげなよ。インゴに気があるなら待たせた分期待させちゃ悪いよ」
「で、でもっ」

ワタシにはエメットが。泣きそうに目を潤ませそう言い掛けた瞬間インゴは口を閉じ、エメットは心底楽しくなさそうに目を細める。凡そ次にくる言葉の予想はついていて。

「そうですねっどこぞやの腑抜けでへらへらしている方より、素敵そうですしね…!」

ゆらゆら。今にも崩壊しそうに揺らめく瞳はまるで青い宝石のようで。エメットはインゴの否定を待っていたかのように息を吸い込む。

「…うん、インゴの言う通りだね。キミはやっぱりボクなんかよりこういう人の方が似合うよ。」
「え」
「良かったね素敵な人が見つかって」
「エメッ……」

優しく笑いかけ手紙を返す。インゴは今にも泣きそうなりながら唇を噛み締める。そんな愛しい反応にエメットは幸福感に浸っていた。態と下手に出ることによりプライドが高いインゴに無駄な文句を言われることなく、黒を崩壊させる。エメットお得意の手口。彼の本性を知っている人物なら酷く残酷に見える。しかしインゴはそれを優しさと受け取っており、誰にでも優しい紳士。彼の中でエメットは既に出来上がっていた。

「エメット…!ま、待って下さい!ワタシまだ受け入れるとは」
「いや、それでもインゴにはボクじゃない人の方がいいよ。ボク、インゴには世界で一番幸せになって欲しい」
「そんなのっワタシは……」

あと猛一声。エメットはそう確信してインゴを見つめた。ぷっくりとした唇を噛み締めインゴがコートの裾を握ると黒いコートには何本も皺が寄る。可愛らしい彼の癖。何かを我慢しているとき必ずやる癖。エメットは仕上げという名の追い討ちを掛ける為ゆっくりと部屋のドアへと白く長い足を向ける。1歩、2歩、3歩…そしてドアノブに手を掛けた瞬間彼が待ち望んでいたものがやってきた。

「やっ…行かないで下さい!ワタシ、ワタシはっ…」

エメットを引きとめようと後ろから抱きついて懇願するインゴ。なんと可愛らしいことか。インゴが自分でいっぱいになってくれている、なんていう至福の時。歪んだエメットは壊れたように口角をつり上げた。けたけたけた。思い通りに動いてくれるインゴが可愛くて仕方が無い。愛してるからいじめたい、求めさせたい。エメットの中でどす黒いものが疼きだす。

「インゴはボクでいいの?ボクはインゴに何もしてあげれな……」
「ッワタシがいいと言ってるんです!いいから居なさい!!」
「…うん、わかった」

後ろを向くとインゴは思いの他すぐにエメットから離れた。…なんでそこで離れるの。内心舌打ちをしエメットは再びインゴが大好きな笑顔で。


「ありがとう。でも別れたくなったら言ってね?インゴはモテるから…、結婚したい相手出来たら真っ先にぼくに言うんだよ」


黒を抉った。


「っ、あ…エメット…違うんです、ワタシ」

ついに限界を迎えたのか。インゴの目からはダムが崩壊したようにぽろぽろと涙が青い海から零れ落ちる。インゴは縋るように白いコートに手を伸ばし掴んだ。そんなこと言わないで。手からちゃんとそう伝わっているのだがエメットは聞き入れもしない。ただ優しく微笑みインゴに泣かないでと囁くばかり。好き。そう言えばエメットも少しは…。そう思った途端インゴの口からは止め処なく好意と謝罪の言葉が零れ始めた。


「すき、ですっエメットが一番好きなんです!っ、く…大好きです、愛してるんですっ!ごめんなさい、ワタシっ う、あっ」


泣きながら自分へ想いをぶつけてくれるインゴ。この世のものとは思えない程綺麗。エメットはうっとりとしながらインゴの言葉を受け入れる。


「ボクも好きだよ。ごめんね、ボクなんかより他の誰かの方がとか思ってつい軽はずみなこと言って…」
「エメッ、ト……」



そしてエメットはインゴが安心するように優しく微笑み目尻にキスをした。インゴは自分が掌で転がされていることも知らずに縋りつき泣いた。…さて、この手紙書いた命知らずはどんな奴か。エメットはインゴを抱き締めながら足元に落ちている手紙を見下した。それからゆっくりとそこに足を置き押し潰したのだった。