清廉なスミレを*


最近ノボリと会う機会が減った、というか避けられている。クダリは考えていた。ノボリがクダリを避けているのは誰が見ても明白で。部下にノボリの居場所を聞いてもいつも一歩手遅れで「さっきまで此方に居ましたよ」で終わる。唯一一緒に居れるマルチトレインでもどこか余所余所しく、クダリの方へ顔すら向けなかった。それでも息はぴったりで何とか勝ってはいたが終わった後にクダリが感じるのは勝てた嬉しさより苛立ち。楽しいバトルの筈なのに、そう思いながら一言も話さないノボリを睨んだ。家でも食事などは用意されているが書置きだけで、ノボリの姿は殆ど見ていない。そんな日が1週間も続き、ついにクダリの堪忍袋の緒が切れた。

夜なら必ずノボリは自室にいるはず。クダリは意を決してドアを開ける。

「ノボリ」
「…!?」

ノボリはこれから寝る準備をしていたのか、パジャマの腕を通しているところだった…が、


「……ノボリ?」
「っ!?み、見ないで下さいまし!!」


ノボリは慌ててパジャマに腕を通し前を隠した。しかしクダリは見た。男であるノボリの胸が膨らんでいるのを。いや、相手の反応からして見てしまった、そちらの方が正しいのかもしれない。ノボリは消えたいと呟きながら自らベッドシーツに包まった。信じられない光景に暫し動けずに居たクダリだが、啜り泣く声に急いでベッドに駆け寄る。シーツ越しに話し掛けても聞こえるのは啜り泣く声。…恐らくここ一週間避けていた原因はこれだろう。何も気付かず苛立っていた自分が恥ずかしくも腹立たしくなりクダリは唇を噛み締めた。ずっと、ずっと一緒に居たのに、気付いてあげられなかった…!


「ノボリ、泣かないで」
「っ、ふっ…」
「気付いてあげれなくてごめんね?」


優しい声で、まるで恋人に接するかのように優しく姉になった兄を抱き締める。途端にノボリはシーツから顔を出し最愛の弟に抱きついた。クダリは何も悪くないです。弱弱しく震える声。クダリは出来るだけ身体を見ないよう目線を逸らす。恐らくノボリはクダリに見られたくなかったのだろうから。

「違うんです。わたくし、クダリにはこんな姿見られたくなかったんです。」

だから貴方が気付かなくて当然で・・・。
その言葉を聞いて、穏やかだったクダリの心が小さく軋んだ。自分にはということは、つまり。

「・・・・・他のみんなには見せてたのに?ふーん、そんなにぼく信用なかった?」
「違っ!違います!他の方は誤魔化せますが貴方は誤魔化せないのでっ・・それでわたくし・・・!」

一度は引いた涙も再びぼろぼろとノボリの瞳から溢れ出す。
しまった・・!クダリは目を見開き自分の発言を悔いた。情緒不安定なノボリに追い討ちを掛けるように八つ当たり。泣かせたという事実。クダリは情けない自分を殴りたくなった。肩を震わせ泣いているノボリを更に強く抱き寄せ謝罪の言葉を愛しい片割れに捧げる。泣かないで、そう呟き祈るように目を瞑りノボリの肩口に顔を埋める。クダリの今までに聞いたことのない声。泣いて震えていたノボリの肩がぴたりと止まる。


「クダリ、あの…わたくし達兄弟ですよね?」
「うん、もちろん。女の子でもノボリはノボリだよ。だからもう隠そうとしないで?ぼく嫌われたかと思っちゃった」
「嫌う筈ないじゃないですか!!」

勢い良く顔を上げたノボリにクダリはうっとりと目を細めその頬を撫でた。細い肩に手を乗せ身体を見ないよう目を見つめる。するとノボリは恥ずかしそうに口を尖らせた。

「あ、あの…別に、クダリなら見てもいいですよ?」
「へ?」
「その胸は…あまり無いですが……」

恥ずかしそうにはにかむノボリにクダリは生鍔を飲み込む。なんだ、この状況は。頭を鈍器で殴られたような衝撃。ぐるぐると思考が回る。ノボリは男にしては色気があったが大切な兄であって、そういう目で見る対象じゃない。自分にそう言い聞かせながらちらりと覗き見る。ぱちり。恥ずかしそうにしているノボリと目が合い、クダリは堪らなくなり目を逸らす。苦笑しながらはにかむノボリ。ああなんていう悪循環!クダリは肩を抱いていた手をゆっくりと離す。

「そんな恥ずかしがらないで下さいまし、わたくしは男なんですから」

中 身 は ね !珍しくけらけらと笑うノボリにクダリはどっと項垂れた。兄から姉になったからといって関係はそう変わるわけでない。頭では理解していても矢張り気になるものは気になる。ちらりと気付かないよう盗み見ると、申し訳なさそうにパジャマを押し上げる二つの膨らみ。男の時のパジャマな為首元がぶかぶかで綺麗な鎖骨がクダリの目に映る。
「っ!う、あ…」
「……クダリ?」
「な、なんでもないよ!あっ着替え途中だったよね!水飲む?!ぼく取りに行ってくるね!」

ノボリの困惑する声を背にクダリは勢いよくベッドから飛び降り、部屋を出て行った。














「……クダリ、大好きです」


忙しなく出て行ったクダリを見送った後1人になった部屋で、ノボリは先程まで触れられていた頬に手をやり幸せそうに目を閉じた。