Crazy for you

▽指令書
サブウェイマスター・ノボリは同じくサブウェイマスター・クダリを膝枕し、疲れを癒させること。



「…なんですかそれ」
「指令書!だからノボリお願い!」


にこやかな。それはそれはとても楽しそうに笑うクダリを前にノボリは飲み掛けていたコーヒーを置き溜息を漏らす。ブレイクタイムを堪能していた矢先壊される至福の時。嗚呼なんでいつもこうなるのだろうか。ノボリの眉間には深く皺が刻まれる。しかもクダリが前に突き出している指令書、とやら……。見慣れた判子がちゃんと押してあり恐らく本物。どうしてこんな馬鹿げた指令が出るんだ、とそこまで考え行き着く先は目の前の片割れ。

「嫌です」
「なんで?いいじゃん、ほら指令出てるし!」
「…どうせ上を脅したりしたのでしょう。今回はどんな手使ったんですか」

呆れつつそう聞き返すとクダリは笑顔で写真をコートの内ポケットから出した。

「なんですかこれ」
「浮気現場!これ使ったらすぐお願い聞いてくれた!まだ写真いっぱいあるんだけどね!」

無駄に情報掴むの上手いというか何というか…。器用に自分の長所を活かしているクダリに若干羨ましい気持ちが沸くが。

「それは盗撮。れっきとした犯罪です、お引取り願います」
「……ノボリなんで膝枕してくれないの?」

「へ?」

突然の寂しそうな声に反応がワンテンポ遅れる。しかしこのようなしおらしいのは演技であって騙されるノボリではない。自分にもそう言い聞かせ何とか「仕事中ですから」と之最もな理由を述べクダリから背を向ける。

「ノボリ…ぼく寂しい…」
「し、知りません!」

ノボリはクダリの甘えたな声が苦手だった。それは聞いたらすぐ許してしまう、そんな気持ちにさせてしまうものだから。きっと今顔を向けたら膝枕をしてしまう自分がいる、ノボリはそんな弟に甘い自分が何だか恥ずかしくなり気を紛らわす為に飲みかけのコーヒーに手を伸ばす。しかしそれは突然全身を駆け巡る何かによって敵わなかった。


「ーーっっ!」
「ノボリ、耳真っ赤…食べちゃいたい」
「こ、こらっクダリやめて下さいまし!」
「ノボリが膝枕してくれるなら止めてあげてもいいよ」

クダリの舌がノボリの耳をゆっくりと丹念に舐める。その刺激にノボリの身体は震え、クダリの目は愛しげに細められる。……その後ノボリは抵抗し逃げようともがくが耳を舐められ力が入らない身は完全不利で。結局はクダリが望むままに全てが事進んだ。


* * * * * 


「……男の膝なんて硬いだけでしょうに。」
「えへへ、でもぼくは幸せ!それにノボリのだから硬くない」

黒い膝に頭を乗せながらクダリは楽しげに手をノボリの頬に寄せる。しかし伸びた手を避けるかのように顔を背けられ、クダリは頬を膨らませ何故避けるのかと不満を口に出す。ノボリはそんな甘えたな弟を横目で見た後首をまわし辺りを確認し終えると。言い難そうに目を泳がせた。

「…ここは家じゃないんですよ」
「だから?」
「っだから、人が来るかもしれないでしょう!?」
「……ふーん。ノボリ恥ずかしいの?」

挑発するような言い方にノボリはクダリを睨み付ける。にやにやと口角を吊り上げるクダリはノボリが恥ずかしく膝枕を拒んでいた事実が分かっていたようで。そんな片割れに見透かされた自分が段々と恥ずかしくなる。顔に熱が集まり目下の弟は意地悪そうに笑っている。ノボリは耐え切れなくなり近くに置いてあったクダリの制帽を取り、それを持ち主の顔に被せた。もうこれ以上見るなという気持ちを込めて。

「ノボリったら照れ屋さんだね。ここは車掌室、サブウェイマスター専用の、ぼくたちだけの部屋」
「そんなことわかってます!ですが普通は職場でこのような…!あとわたくしは照れてなどおりません!!」

捲くし立てるように言い返す。しかし制帽の下から噛み殺したような笑い声が聞こえノボリの差恥心はより高まる。何故自分だけこうなのか。ノボリは自問自答する。しかしクダリに敵わないのは今に始まったことではない。だから仕方ない、これも兄としての義務だ。そう言い聞かせ差恥を乗り過ごそうとした刹那。

「これは恋人として言ってるんだからね」
「な…」
「家族としてなんか頼んでない」

ずらした制帽の隙間から真っ直ぐな力強い瞳に射抜かれ、ノボリは唖然とした。クダリはノボリの表情だけで何を考えているか読み取ったのか。先程のおちゃらけた雰囲気はなくなっていて。そしてそんなクダリから告げられた言葉の意味、それは即ち…。

「あ…う、嘘……」
「嘘じゃないよ。」
今度こそと手を伸ばしノボリの白く柔らかい頬を優しく撫でる。赤く色付いた肌は何よりも綺麗でクダリはうっとりと見つめ囁く。とても幸せだ・・・と。頬から首筋を撫でられる擽ったい感触と差恥から、視覚だけでも逃げる為ノボリは目を瞑る。愛らしい反応を目の前にクダリの心はより一層温まる。

「ノボリなら硬い膝も柔らかく感じるし、声も誰よりも澄んでる、肌もそこら辺の女の子より綺麗。…何より全てが綺麗でかわいい。好き、大好きだよ、ぼくのノボリ」
「ク、クダリ…わたくし…」


互いに見つめ合いゆっくりと吸い込まれるようにノボリがクダリに顔を近付けようとした瞬間、第三者の訪問を知らせるドアの開く音が部屋に響いた。


「ボス達ー!!ちょっとカズマサ知りません?!また居なくなりおって…」
「「……!!」」

二人の甘い空気をぶち壊す場違いな声。声の主で鉄道員のクラウドはノックもなしに開けたことを瞬時に後悔し、血の気が引く思いになった。唯一その場で救世主となり得たノボリは見られたことが恥ずかしかったのか凄い速さで立ち上がり「わたくしが探してきます!」と叫び部屋から出て行ってしまった。それがつい10秒前。支えであったノボリが消えた為ソファの下に落ちた白いサブウェイマスターはゆっくりと起き上がり制帽を深く被りなおし顔を上げる。勿論その顔はいつもと同じ笑顔だが纏っているオーラは通常とは違って。

「カズマサ?知らないなぁ、迷子はほんと困るよね?でもぼく達のところまで探しに来る必要って…あるのかな?ねぇ、クラウド」

クダリが口を開いた瞬間部屋の温度が下がったのは確かで。背筋が恐怖で震えクラウドの口元は引きつり、ただただ謝罪の言葉以外出てこなかった。そんな部下を見てクダリはわざとらしく溜息をつきクラウドの肩に手を乗せた。

「……今のは見なかったことにしてね。あと次邪魔したら、…んー、なんでもない。じゃあぼくノボリ追うから」
「……!!」

そして廊下を歩いていく白い上司を見て今日は厄日や、とクラウドは内心溜息をつく。手を置かれた肩はみしりと嫌な音がして正直とても痛かった。しかしあそこで声を上げていたらきっとその痛みは肩だけで済まなかっただろう。クラウドは今度こそ、と静かにドアを閉めその場を後にした。そしてまた迷子の同僚を捜しに上司達が歩いていった反対側に足を向けたのだった。








* * * * *

こう様よりリクエスト「クダリに膝枕をするノボリ」
膝枕は何とかしてもらえたのですが……思いのほかノボリがツンとしてしまって(;´▽`A``
改めまして60000hitおめでとうございます!
拙い小説になり大変申し訳ないですが受け取って下さると嬉しいです∵*