青作業着の部下は頭をかかえる


シカゴ 廃工場




「悲しい…悲しい話をしよう」




廃材の上に腰を下ろした、真っ青な作業服の青年はそう重々しく口を開いた。
両眼が隠れるくらい伸びた艶やかな金髪に白皙。青年は片手で子供の腕よりも大きなレンチを持ち上げ、もう片方の手のひらに収めるという動作を繰り返している。
パシリ、パシリ、パシリ、と。




「今日もシカゴの空は青い。鉄に塗れる事も無い綺麗な青だ…しかしそんな美しい空とは裏腹に俺の心は曇り空だ…こんなに悲しい話があるか!?いやない!
そもそも俺の心がこんなにも晴れないのは綾のせいなんだ。気付けば四六時中綾の事ばかり考えている…!
まさかこれが良く言う恋の病ってやつか?恋?何て事だ…俺は綾に恋していたのか…っ!
そして恋している事にすら気付けていなかった!悲しい。悲しいな。そしてもっと悲しいのが俺は綾の事を壊したいと思っているということだ…!綾という存在全てを解体したい…そして壊す瞬間を楽しそうだとか思ってやがるっ!何て事だ…!どうして俺はこんな強迫観念のように壊さなきゃならないと思うんだ!?
はっ…これがいわゆる反転衝動っていうやつなのか!?好きになった相手を壊す…悲しい。悲しいなオイ。世界は悲しみで満ち溢れている…っだがそんな悲しみだけでは俺の綾への想いは消えない!そうだろシャフト!?」

「何でそこで俺に振るんですかグラハムさん…」




彼の周りに居た仲間の一人、シャフトと呼ばれた青年が疲弊気味に答える。
パシリ、パシリ、パシリ。レンチは小気味いい音を立てながらリズミカルに打たれ続ける。




「あとその話三回目なんでいい加減本人に直接言いにいって自分自身をすっきりさせてくださいよ…グラハムさんが綾さんの事を好きなのはよくわかりま…、」




そしてシャフトの言葉が最後まで紡がれる代わりに――――ガキィン、と、金属同士が擦れ合う音が辺りへ響いた。
その音の主―――ブラウンのシックな服装に身を固めた、淡い色彩のうつくしい女は鈍く光る日本刀をグラハムの巨大レンチに弾かれ、一歩後ずさる。
唐突。まさに唐突過ぎる彼女の出現を眼にし、周囲に居た男達は驚く事もなく後退した。まるでこれから何が起こるか解っているかのように。




「綾!?」
「久しぶり、グラハム。あと皆も」




抜き身の日本刀を片手で構え、綾は小さく笑った。つい先程まで涙目で悲しいと言っていたグラハムも、途端に顔を綻ばせる。




「いつシカゴに?丁度今綾の事を喋ってたとこだったんだぜ?しかし綾の事を考えていたら本人が目の前に現れるなんて…こんな偶然があっていいのか…!?もしやこれは俺の見ている壮大な夢なのかもしれない…っ!ということはこの綾は綾ではなく俺がつくりだしたイメージだけの綾であって…てことは俺は綾に攻撃されたいと思っているのか!?そうか知らなかった…俺はマゾだったのか…!」

「どう見ても本物の綾さんですよ!」




何時の間にか遠く離れた物陰から、シャフトが仲間と共に突っ込みを入れる。




「私がシカゴに来たのはちょっとした遊びに参加するためなんだけど。そんなことより…えーと…あなた、列車強盗したでしょう?それでちょっと。なんて言ったらいいのかなあこれ。粛清?お仕置き?仇討ち?まあいいか。別にグラハムに恨みとかはないんだけどとりあえずお仕置きしないと…」



刀の柄を握りなおし、綾は言う。重心を軸足に傾け、鋭い刃をグラハムの首元目掛けて放つ。相対するグラハムは、長く伸ばした前髪の間から狂気に彩られた瞳を覗かせ、楽しそうに笑う。そして笑いながら、タイミングを見計らって愛用の巨大レンチを軽々と振り上げ―――綾の持つ銀色の刃の中心部分へ打ち下ろした。




パキン




なんとも間抜けな音を立てて、日本刀の刃にあたる部分が、半分ほどその姿を失していた。からんからん。刃先が床を滑り、本来の持ち主から離れてゆく。
普通ならば得物が無くなった時点で動揺するなり戦意を喪失するなりするものだが、女は表情一つ変えずに片刃の武器を投げ捨て、一瞬にして青作業着の懐まで入り込み――――その首から上へふとももをめり込ませた。
派手な音を立てて吹き飛ばされ、廃材の山へ身体を埋める鮮烈な青。



「こんなものかしら」



仕事は終わったとばかりに言い、腰に差していた漆黒の鞘をも「日本刀…結構高かったんだけどなー」などとぶつくさ文句をたれながら、床へ放って、彼の傍まで歩み寄る。
ゆらり、と立ち上がるのは真っ青な作業着姿のグラハム・スペクター。全身に凄まじい衝撃を受けている筈の彼は、そんなことを微塵も感じさせない顔で手の上のレンチを器用にくるくると回した。




「やべぇ。久しぶりに会ったもんだから、綾を愛する気持ちも一際でかくなってるみたいだ。超楽しい。
すっっっげえ楽しい。楽しすぎてどうしようこれ。なあどうしたらいい?俺はどうしたらこの楽しさを綾に伝えられる!?目一杯愛したらいいか!?綾!好きだ!大好きだー!」

「それはどうもありがとう。嬉しそうで何よりだわ」

「そうだ。俺は今凄く感動している…こうして偶然にも愛する綾と出会い、愛を確かめ合っている事に。そして同時にわくわくしている。
…なあ、綾。なんだってお前は全然壊せそうな気がしないんだろうなぁ!?」
「さあ」

「だが壊せそうだとは思えなくとも壊したら楽しそうだとは思えるわけだ。自分でこいつは壊せない!と思ってるものを壊せたらさぞかし気持ちいいと思わないか!?本能を本能で打ち消す。すげぇ。俺は俺の限界に挑戦しようとしている!つーか実際超えたらどうなるんだろうな?むしろ俺が壊れるのか?いやむしろ俺が壊す!」
「どうでもいいけど前髪切りなさいよ」




ざっくりと言い捨てる綾に、グラハムの仲間達はどよめく。




「眼悪くなったら取り返しつかないのよ?」



顔を近付け、指先で金髪を梳くように除けると、その奥の蒼い瞳と視線がかち合う。
一旦、攻撃が止まる二人。




「……グラハム?」
「……」
「グラハムー?」
「……」
「…なに?お腹でもいたい…んっ」




元から至近距離であった互いの顔が、グラハムが動く事に寄って更に近付き。寝ぼけているような半開きの瞳は彼女の瞳を映し―――唇同士が、重なった。




「………」
「んっ…んーーー!!」
「……」
「んーーーーーーーー!!!??」

「………」
「………」



これには遠巻きに二人を見守っていた一同も、無言である。




「……んんん……ぷはぁ…っ!ちょっと、なに…っ」



数十秒にも及ぶ長い口付けの後、解放された綾は右腕を薙ぐように打ち出し、
グラハムの方は拳すれすれを一歩後退して回避する。彼女自身元から当てようとは思っていなかったため、さして動揺も見せず、乱れた息を整えようと服の裾を翻し数メートル程跳躍して間合いを取った。
しかし。ひゅんひゅんひゅん。空気を切り裂いて綾を狙う、残酷な鉄の物体。それを見て、綾は両眼を細め、
凄まじいスピードで自分めがけて飛んでくる馬鹿でかい質量のレンチを―――――片手で、パシリと、掴んだ。ずしり、と鉄特有の重さが右手に沈む。




「グラハム…!危ないでしょう」

「んん?攻撃されたからつい条件反射で投げちまったが……綾に当たったらどうするつもりだったんだ!?おいシャフトぉ!」
「あんたが投げたんでしょうが…っ」




皆一様にやっと終わった…と脱力しながら、シャフトを含める仲間達が戻ってくる。曲がりなりにもグラハムを慕う彼らが手を出さないのは、綾が決して彼を殺さないということを理解しているからだ。むしろ彼自身が綾と戦うことを楽しんでいるため、迂闊に手を出せないといった方が正しいと言えるが。
シャフトは腕を引かれる感触を覚え、見遣ると、綾が俯いていた。




「シャフト……」



呼ばれて何か答える前に、服の裾を引っ張りながら涙目で見つめてくる愛らしい綾に、頬を赤らめるシャフト。
そう、彼女がどんなに強かろうが頭がおかしかろうが綾は美人なのだ。見目麗しい女に上目遣いで見られうろたえるのは男ならば当然の反応だ。




「え、えーと…綾さん?」



狼狽するシャフトへ向かって、綾は先程のグラハムのレンチを持ったままの腕を突き出してみせ、今にも泣きそうな声で言った。




「………腕…骨折した…」
「あんた馬鹿ですか」



本日一番の冷静な突っ込みだった。
「折角かっこよく決めたのにい…」「シャフト!俺の綾を馬鹿呼ばわりするのは俺が許さん!どうしてもと言うなら俺を馬鹿と言え…尤もその場合お前がボルトになる回数が増えるがな…」という馬鹿二人を尻目に、シャフトは盛大に溜息を吐いたのだった。



(青作業着の部下は頭を抱える)


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