純愛魔法少女


眠くなるような暖かな日差しの昼下がり。
午後に突然吹き出してきた風に掬われながら、私は風車を象ったコーヒーショップ前まで来ていた。絨毯の前へ立つと体重に反応して自動ドアが開く。鼻歌混じりにカウンター席で座っている見慣れた赤色へ声をかけると髪と同じく赤い眼が私を捉えて瞬いた。

「なんだ、綾も来てたのか」
「はっきんが長崎から来てるって聞いたから会いにきたんだよー」
「冗談は兎も角…やめて欲しいと思うのがその渾名―――おっと。その渾名はやめて欲しいと思うけどね。俺が発禁みたいじゃないか」
「あはは、そーだねえ はっきぃが言うと何か卑猥だけど」
「綾様。何かお飲み物は」

チェンバリンが割り込むでもなく会話の絶妙な間を取って自然にそう訊く。
コーヒーを一つ注文して(チェンバリンの淹れるコーヒーは本当に美味しい)暫しの間部屋の静寂を楽しむがそれも長くは続かない。

「…それで、神檎さんはどうなんだい?」
彼のその薄いくちびるから発せられた名前に僅かに眉根を寄せるが、しかしそれもほんの一刹那の事ですぐさま元の表情へと戻す。何というか、結構性格の悪い男である。

「水倉くん、ね。最近会って無いから知らな」

い、という一文字は水倉破記のくちびるへと消えた。
チェンバリンが居るにも関わらず、ご丁寧にフレンチキスだった。(彼もまあいつもの事なので反応すらしないが)柔らかい舌の感触が気持ちいい。閉じられた瞳を間近で見ながら最近の高校生はマセてるなあとか思う。私が古い人間でむしろこれが普通なのだろうか。長く生き過ぎているせいか私はイマイチそういう事に疎い節があるのだった。(まあ私も外見年齢は高校生程度で止まっているのだけれど)長く生きてると言えば確かツナギちゃんも創貴達と行動を共にしているらしい。最近会ってないから会いたいなあ。まあ"出られたの"がほんの2、3ヶ月前なので彼女に会うというのも無理があるか。などとぼんやり思考の海に漂流していた私を急激な倦怠感が襲う。・・・・この男、ほんとにやりすぎだ。制止の意味を込めて包帯が巻かれた手首を掴むとやっと赤い唇が離れた。

「…ん。だめ。これ以上は私の身体が持たないから」
「…なんかそれ、えろいな」
「…そんなセクハラい事言ってると妹に嫌われちゃうよ・・・おにいちゃん?」

皮肉を込めてそう言ってドアの方を指差す。破記くんは振り返ると苦笑して「性悪」とだけ言った。どっちがだっての。自動ドアを通って店内へと入って来たのは創貴とりすかちゃんだった。

「あっ創貴とりすかちゃんお帰りー」
「綾!お兄ちゃん!」

水倉りすかと供儀創貴。魔法使いと魔法使い使い。お偉いさんは彼、創貴をイレギュラーな存在だと云うが私から見ればこの二人が出会う事はむしろ当然の帰結のように思えた。そしてツナギちゃんも行動を共にしているらしい、となれば尚更だ。 ――――まさに水倉神檎の完璧で超然なシナリオ通りというわけで。創貴は私の顔を見るなりあからさまに眉根を寄せた(しつれーだなあ)ので視線を赤い少女へと移す。

「りすかちゃん久しぶりだねえ。久しぶりすぎてちゅーしたくなる」
「意味がわからないのが相変わらず綾なの」
「あはは、わたしが意味わかったら私じゃないよ」
「…それがそうなのも確かなの」

属性パターンは『愛』、種類カテゴリは『必然』。それが私の魔法。りすかちゃんや破記くんと同じく運命干渉系である。魔法の内容は単純なようにみえて構造が凄く複雑なんだけど、そうだなわかりやすく言えば―――― 愛と希望の魔法少女綾ちゃんが魔法のキスで悪と戦う!みたいな。…自分で言ってて結構恥ずかしいので詳細は割愛させていただく。それに創貴達から見たら私の方が倒すべき悪なのだけれど、ね。

「で、創貴は何でそんな黙り込んじゃってんのかな」
「…あんたに呼び捨てにされる憶えは無い訳だが」

いつもの優等生スタイルは何処へやら、眉間に皺を寄せる小学生男子に軽く笑って目線が同じ高さになるようしゃがむ。警戒心を露にする創貴の細腕を掴んで、可愛らしいほっぺたにちゅっとキスをした。「…っ!!」隣でりすかちゃんが驚嘆する空気を感じるが、続けて彼女の頬にも軽くキスをする。半ば呆れ気味に頬を手のひらで拭う創貴に目をぱちくりさせるりすかちゃん。創貴は全くいつも通りだけどりすかちゃんは可愛いなあ可愛い。全く何処かのお兄さんとは大違いだ。

「…りすか、行こう。今はこいつの相手をしている場合じゃない」
「わかったの。じゃあね、お兄ちゃん、綾」
「うん。ばいばい、ふたりともー!」

来て早々帰る事ないだろうと私の隣の運命の魔法使いがそう言うが、結果的には創貴の眉間の皺を増やす結果にしかならなかった。ぶんぶんと大げさに手を振りながら二人の未来を担う小学生を見送る。
…ほんと、応援したくなるくらい頑張り屋さんだよなあ二人とも。
カウンター席に座りなおすと、破記くんは座らずにカウンターへ身体を預けて鋭い真っ赤な眼で私を射抜く。

「今のは?」
「ただの祝福のキスだよ。私が何かするまでも無いでしょ。水倉くんが何か抜かるとは思えないし」
「良く言うよ。綾のそれは百発百中だろ?別に少年の方は構わないけれどりすかの方はもっと甘くしてやってくれよ」
「ブラコンだねーお兄ちゃんたら」

それにりすかちゃんに甘さはもう必要ない。創貴なんて最初から、だが。疲れた時にはコーヒーだよね、と一般人が聞いたら即否定されそうな事を口走りながら足を組みかえると、包帯の巻かれた指先が私の肩の上をなぞった。目線だけそちらに遣れば、口の端を持ち上げた、赤。

「それで、俺にはしてくれないのかな?綾」

呆れた。が、手首の包帯を解かれては敵わないので「私に勝ったらしてあげるよ」とだけ意味ありげに囁いて、苦みの利いたコーヒーを口に運んだのだった。 ――――少しだけ彼らに悪戯した事も寛大なカミサマは許してくれる事だろう。一にして全。全にして一。まさに全知全能の神。だけれどカミサマの書き上げたシナリオなんてのはいつだってどうしようも無い結末になると決まっているんだよ、水倉くん。

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