きみとおれ


楽しい事が好きだ。面白い事が好きだ。気持ち良い事が好きだ。楽な事が好きだ。人生なんて一回きり、ならば楽しめるだけ楽しまないと損だと思って何時如何なる時でもそれらを尊重する事をモットーとしてこれまで生きて来た。面白おかしく自堕落に、欲求のままに、だ。





「お前さ、あんまり綾の事いじめんなよ」
「お…綾って綾ちゃん?ひゅー。呼び捨てとか、なっちんて綾ちゃんと仲良かったっけ?」
「おれの彼女の親友なんだよ」





なっちんは諦観めいた眼差しで俺を一瞥して、ゲームソフトの選別に戻る。
なっちんとは幼稚園からの幼馴染なので、素っ気ない言い方をしていても本当は俺や綾ちゃんのことを心配して言っているのだろうことがわかる。
基本的に無愛想だけど心根は優しいんだ。こうやって俺が突然遊びに来ても全然嫌な顔しないし。





「彼女どーだった?あいりちゃんだっけ」
「どうって何が」
「だーかーらーなっちんはドーテー卒業出来たのかなって」
「なっば、だからあいつとはそういうんじゃねー!」





彼女なのにそういうんじゃないって意味がわかんないよねえ。俺って奴はプラトニックに愛するとかってよくわかんない人間なのである。好きだから色々試してみたくなるんだ。そう、色々ね。遊んでみたくなったり、大切にしてみたくなったり、壊してみたくなったり。けど俺は別に変態な訳じゃなくてちょっと普通に飽きてしまっただけなのだ。正常位に慣れてしまってイケなくなるようなもので。もしくは自慰のし過ぎでセックスでイケなくなる、みたいな。ともかく、普通に飽きた人間は変化をつけてみようとする。その変化が積み重なり、普通の人間から見るとちょっと可笑しな人に見えるのもしれない。でも変化をつけようとしたからこそ、四十八手とかがある訳だよ。ああ、先人って偉大。




「食う?」
「んーさんきゅ」




なっちんがカロリーメイトを投げてくれる。
チョコレート味。片手で受け取り、袋から半分出して頬張りつつ、コントローラーを捌く。オンラインも楽しいけどオフラインも好きだったりする。なんてったって意思ある中の人は俺一人ってとこが良いよね。周りは全部道化ですらないただの人形なんだもの。たのしい。ごそごそとゲーム棚漁りを終えたなっちんが、再び一つのケースをこちらに投げて寄越す。





「お前が言ってたのコレだっけ?よくわからんから適当に買った」
「おー…おー…なっちん愛してる!」
「ば、おま、きもちわりーから離れろ!ぎゃーちゅーすんな!キモイ!」





感激のあまり耳にちゅーすると(俺は感情がすぐ行動に出ちゃうタイプなのだよ)青ざめるではなく真っ赤になって抵抗を始める。なっちんは赤面症なのだ。肌とか髪の色もちょっと薄くて、すぐ顔が赤くなるから昔は良くからかわれてたっけ。瞳の色も左右でほんの少し色が違くて、小さい頃はよくお人形さんみたいだなーと思ったものだ。細腕ながら俺を無理やり引っぺがして、どうにか息を整えたなっちんは勉強机に備え付けの椅子に腰かける。パソコンをいじる態勢。俺も横目でそれを見つつ、意識をゲーム画面へ戻す。




「なー綾人」




しばらくして、ぽつりと名前を呼ばれる。




「うん」
「お前さ、男とヤって何が良いわけ?全くわかんねー」
「んーきもちいーけどな〜前立腺あるし」
「…なんだそりゃ」




こくびを傾げて、意味がわからないという顔をするなっちんはちょっとかわいい。これがもし綾ちゃんだったら無表情プラス全く興味無さそうな声で「犯罪者予備軍は死ね」って言ってると思う。や、それはそれでかわいいんだけどさ。




「んー…触るのは女の子の方が楽しいんだけど」
「じゃあなんでだよ」




戦闘での緊迫感のある音楽が流れる中、「ん〜」と如何にも考えてますって雰囲気を出してみる。――うん、ほんとはあんまり考えてない。





「男は女と違って支配欲求が強く出来てるんだよ。本能的にも脳の構造的にもね。けど支配欲求と被支配欲求は別物のようでいて表裏一体、ちょっと刺激を与えてやれば簡単にすり替わる。…まぁただ単に支配欲求の強い生き物を虐げる感覚が好きなんだけどさ。男相手だとそれがわかりやすく感じられるから好きなんだ。最高にぞくぞくする。…おっと、やばい、回復しないと。――でもまあその分飽きが早いのも難点なんだけどさー」

「…お前綾に罵ってくれみたいな事言ってなかったか?」
「うん。綾ちゃんに冷たくされると興奮する。それにあのこはツンツンしてるから屈伏させがいがありそーで好きなんだよな〜」
「…」
「うわ、あからさまにどっちなんだよ…って顔」





自然、喉の奥から笑いが零れた。なっちんは面白いなあ。
白熱灯の光を通して薄く揺れる虹彩が、怪訝そうに狭まる。





「どっちもさ。たとえばね、なっちんが綾ちゃんに手出してくっついたら、ムカつくけど同時に興奮する」
「はぁ?」
「俺なっちんも綾ちゃんもすきだから両方に嫉妬すると思うんだ。愛憎だね〜でも俺の知らない間に二人ともくっついたりしたら性的に興奮するって言うの?」
「…」
「あ、今変態って思ったでしょ〜?」

「…じゃあ」




それにしてもなっちんとこんな深い話すんのは久しぶりだな〜いつも全然聞いて来ないくせに、今日のなっちんが随分と聞きたがりなのが悪い。





「ん?」
「…おれ相手にもたつわけ?」




なっちんがいつの間にか神妙な面持ちになっていた。でもってちょっと赤面症の症状が出てる。
ただ、眼差しだけはまっすぐにこちらを射抜いていた。…こういうところは綾ちゃんと似てる。気がつけば、人生における俺の信条がぐるぐると頭の中を回っていた。そうしてどう動けばソレを得られるのか、脳みそが勝手に演算処理を始める。





「…まー…そりゃあ、ね」





考えているうちに画面にはゲームオーバーの表示がなされていて、俺は笑った。

日常と非日常の境界線はいつだって曖昧だ。






(なっちんはたぶん昔から綾人がすき)