あなたとわたし


「これは俺の自論なんだけど」





藤見綾人はそう前置きして、





「理解出来ないものっていうのは怖いよね。例えば幽霊が怖いっていうのも常識では測れないから恐怖を感じるんじゃないかな。理解出来ないから不気味で気持ち悪い。だからこそ綾ちゃんはきっと俺の事がすきなんだと思うなーだって、だってだよ?キミは俺の事が嫌いだってはっきり言うけど、俺に嘘吐いたり、適当にあしらってお茶を濁したり逃げたりしないもんね。普通気持ち悪いものは遠ざけようとするでしょ?キミはそれを決してしないんだ。俺の嗜好も思考も理解出来なくてもね。んー…でも俺ってよく人から理解出来ないって言われるんだけどさ、もっとはっきり、理解出来ないからきもちわるいんだよ失せろこのウジ虫野郎くらいは言ってくれてもいいと思わない?綾ちゃん」
「………死ねこのマゾ豚野郎」




頬をひくつかせながら罵倒すると藤見はにこにこにこにこしながら嬉しそうに「あーほんと綾ちゃんくらいキュンキュンする言葉責めするひと見たことないよっ!ねーやっぱ俺達付き合おーよ?」とかのたまうのだった。……私が神様だったら絶対こんな人創らないのに。




藤見綾人は勉強が出来てスポーツも出来て友達もたくさん居て場の空気もしっかり読める、いわゆるクラスの人気者である。
ただ、その完璧な素顔の下には大きな欠陥が存在している。なんともまあ説明し難いのだが、(というか説明したくもない)彼は俗にいうマゾヒズム的な傾向の持ち主であるのだった。私的には、きっと幼少の頃のトラウマとかが原因で性的な被虐嗜好に目覚めてしまったのではないかと踏んでいる。いや、藤見の過去とか全く興味無いので聞こうとも思わないけど。




クーラーが効きすぎてちょっと肌寒い図書室。
放課後熱心に勉強する生徒などうちの学校に居るはずもなく、現在この空間を占める存在は、ものすごく不本意ながら私と彼の二人きりだった。
ただ、特有の静寂のせいで声が響くので、誰かにこんな話を聞かれたら不味いと思い、声のトーンを僅かに落としながら言う。




「……私はそういう性的な感じで好き、みたいなアピールをされても乙女心的に全くときめかないっていうかむしろあんたを殺してやりたい衝動にかられるんだけど」
「じゃあさ、じゃあさ、俺が誠実に綾ちゃんのことすきだってアピールしたらいいの?」
「駄目に決まってるでしょ…不実の代名詞みたいな人が今更そんな普通の高校生みたいな…」
「ぶー…一回だけ試したりするのもだめ?」
「…何を…いややっぱりいい。聞かない」



どうせ聞いても私の思考とは相容れないことなのだ。ならば聞くだけ無駄というものだろう。



「あーあ、綾ちゃんてほんと、ガード固い」



停滞していた空気を切り裂いて、つまらなそうにそう言う彼は、高校生らしいといえば高校生らしいといえる。思春期を過ぎても多感な年頃で、女の子への興味が尽きない。つまり軽い。
藤見の見た目は今風の高校生を体現したような、さわやか好青年スタイルだ。細見ではあるが、中学の頃はスポーツをやっていたらしく、意外にがっしりしているというか、つくべきところに筋肉がついている。はっきりとした二重瞼に、鼻筋の通ったきれいな顔立ち。ワックスで固めた直毛は生活指導の先生に眼をつけられて黒く染め戻したものであり、横へはねた毛先のせいで犬の耳のように見えた。そのせいか、クラスの女子の間では藤見くんって犬みたいだよね、中型犬!とかきゃいきゃい騒がれている。しかし実際の藤見は、満月の夜に尻尾とか耳とか生えてくる方のイヌ科であることを、彼女達は知らないのだ。油断すれば喉笛を食い千切られる、そういった類の危険人物である。




…そもそも、私はこういう性格の人間が我慢ならないのだった。出来るのにやろうとしない人間、つまりやれば出来ると自分に言い聞かせておざなりにしか行動しない、そういったスタンスが私の性格とは相容れない。そう、これは純粋に相性の問題なのだ。



「…きもちよければなんだっていいと思うけどね、俺は」



ぽつりと零された声は、やはり異常性を孕んでいる。別に、性欲が異常、というわけではない。(変態ではあるが)
いうなれば、彼の行動というものは全て快楽に裏打ちされている、というその一点が異常なのである。
そりゃあ誰だって楽な方に流される傾向というのはあるだろうし、それを悪く言うつもりもないが、藤見に関しては別だ。
彼はただ楽な方へ流されているのではない。流されるどころか、快楽を手に入れるためならどんな労力も惜しまない、そのためならどんな茨の道でも躊躇いなく進む――そういった姿勢が見受けられるのだ。快楽のためならそれこそ悪魔とだって契約しそうな勢い。
いくら堕落しているとはいえ、得られるであろう快楽を基準に行動するなんて、正常な思考の持ち主ならしないだろう。彼は、異常なのだ。藤見曰く「うーん俺はきもちよければ男でも女でもどっちでもいいんだけど…あ、でも触るならやっぱ女の子の方が良いかな、やわらかいし」らしい。死ぬほどどうでもいいから死ね。




「気持ちいいことも大事だけど、つらいことを経験するのも大事だとおもう」
「お〜、綾ちゃんがまさかのM化?」
「私は人として当たり前のことを言ってるの」

「でも前は楽しいことが大切って言ってなかったけー?」



と、したり顔を寄せてくるものだから、思わず椅子ごと体を後退させた。私は人に近付かれるのが苦手なのだ。ましてや相手が藤見となれば尚更である。



「……あれはあんたにはめられただけで、」
「あー綾ちゃんがはめるとかいうとえろい意味に聞こえるんだけど、俺はこの持て余した欲望をどこへぶつけたらいい?」
「一生右手とヨロシクしてろゴミクズ」
「…はぁ、やっぱり良いなあ。無表情で罵られるとぞくぞくする。しかーし、これ幸いなことに右手は他人の右手だったりするのですよ綾ちゃん」


得意げにひらひらと両の掌を振ってみせる。
藤見のやつはそれこそつまみ食い的な感じでいろいろな年齢層をごちそうさましているらしい。つまり、まあ、そういう相手には事欠かないのだろう。
引く手あまた。なのに私に固執する理由がわからない。被虐的嗜好―――だとしても、私よりも口の悪い女だってそれこそたくさん居そうだけど。



「ねえ、どっかいってよ変態」



まあ、どうして、などと考えても変態の考えなど私に測れるはずもない。よって思考を放棄した。



「綾ちゃんがどっかいけばいーじゃない」
「そしたらあんたがついてくるでしょう。さっさと帰れ。むしろ大地に還れ」
「ええーだって俺ってばほらオンリーでロンリーでグローリーだからさ、お家帰ってもフリーすぎるわけですよ。綾ちゃんが来てくれるならそっこー直帰するけど」



机に顎を乗せ、期待の眼差しを向けて来る。
きらきらと。まるで小型犬のように、その無害さを主張している。
私個人から見たらSランクの有害指定生物であるので、騙されない。


―――ゆらり、と。



黒く塗り潰されたガラス玉の奥に仄暗い光が宿る。それは紛れも無く狂気、だ。







「綾ちゃんとなら楽しくやれそうなのに」



藤見は楽しそうに笑っている。高校生らしく。
しかしその眼は全く一般的な高校生のそれではなかった。どろどろして、鬱屈した何かが今にも零れ出しそうな黒瞳。そのギャップが、恐怖感を増幅させる。



藤見綾人は快楽を得るためならたとえどんな手段を用いることも厭わない―――そういう人間である。



そう知っているからこそ、余計に怖いのだ。彼は、こと自分の信条においては諦めるという事を知らない。

しかし私の方は彼が言うように、逃げも本気で抵抗さえもしていなくて――既に諦めてしまっている。彼が傍に居る事を黙認してしまっているのだ。
そのベクトルの違いがどんな意味を持つのかなんてことは明白で――、



私は、いずれ彼の誘いに敗北してしまいそうで、怖い。






(一人SMバイ男×口の悪いおにゃのこ。わたしが学園モノオリジナルを書くとこうなる。ギャグシリアス)