ワールドエンドダンスホール


此処に来てからずっと、世界ってのはどうしてこんなにクソつまんないんだろうと思っていた。こんなド田舎でだらだら書類書くだけの仕事に、何か特別な意味があるとも思えなかったし、だからこそ"力"を得た時は、ああ、これがカミサマが俺にくれたご褒美なんだって興奮したものだった。しかしその興奮も冷め遣らぬうちに、俺が始めたゲームを邪魔する奴らが現れた。高校生のガキ共が、正義感振りかざして知らなくてもいいことを知ろうとする。それが、なんだか無性に俺を苛々させた。



「あー足立さん、もう遅いから送って行きますよ」



考え事をしていた頭が、柔らかな少女の声によって現実に引き戻される。
ああ、そうだ。確か堂島さん家で飲んでたんだっけ。
アルコールが入ったせいでぼんやりした頭で、少女――綾の言葉を咀嚼して理解し、苦笑する。



「…えーと。それ、普通逆なんじゃない?」
「だって連続殺人事件とかあるし…危ないじゃないですか」

「いやいや、だからさ、僕より綾ちゃんの方が危ないと思うけど」
「…綾は大丈夫ですよ」





何処か冷めた雰囲気を持つ少年が、口を挟む。全然似てはいないが彼女の双子の兄で、これまたいけ好かないガキだ。その冷めていながらも熱のこもった眼差しに、二人の間に信頼というか何か強い繋がりのようなものが見えて、なんとなく不快だった。


「そうそう。私こう見えて結構強いんですよ、それに足立さんお酒飲んでてどっかで転んだりしないか心配だし…やっぱり送ります。だめって言っても送りますからね?」


可愛らしく嗜めるように言われ、仕方なく「はは、参ったなあ〜…うーん、じゃあ途中までだからね?」と返すと綾は小さく笑いながら頷いた。
無用心で無防備だなあと思う。急に邪な心が芽生えて、君が笑いかけてる目の前の男が犯人なんだよ、って言ってやりたくなってから、けれどそんな簡単にゲームを終わりにしてしまったら面白くないと思い直した。

外に出ると夏の夜特有のぼうっとした夜気が肌に纏わりつく。時間が時間なので辺りはもうすっかり暗く、月明かりを頼りに歩くしか無さそうだった。
聞こえてくるのは蛙か虫の鳴き声くらいのもので、発した声は吸い込まれるように夜へ溶け込む。…世界を薄く覆う、霧の中へ、だ。



「…綾ちゃん」
「はい?」



セーラー服の裾をひらひらさせて一歩前を進む綾が、こちらを振り向く。


「…あ、いや。夏休みの予定とかはもう決めたの?」

「んー全然決めてないですよ。宿題やらなきゃ……あ、」
「あ?」



途端に真剣な表情になった綾がずずい、と顔を近づけてくる。な、なんだ…?
動揺しているうちに、生白い腕がすっと伸びて、指先が視界を遮る。
次の瞬間には笑顔の綾が「髪に糸クズがついてましたよ」と月明かりに照らされながら言う。ありがとう、と返すと彼女はくるっと回って俺の左隣に位置を変えてから、また歩き出す。




「あの、足立さんって確かこっちの人じゃないんでしたよね?」
「え?うん、そうだよ。まあ、仕事でちょっと色々あってねー…」



向こうでのことは思い出したくもない出来事であり、今となってはもうどうでもいい出来事でもあった。
……今更どうこう言ったって戻れる訳じゃないんだし。


「そうなんですか。でも考えてみれば不思議ですよね。私もお兄もこっちに来たのは偶然で、それで色んな人に会って、足立さんにも会えて――縁っていうのかな?そういうのってやっぱりある気がするんです」



イマドキの高校生にしては珍しく、純粋でいて大人みたいな眼がこちらを見上げている。
どこまでも真っ直ぐで、そして――綺麗な、眼だ。ぐちゃぐちゃに汚してやりたくなる。けれど流石に堂島さんの姪に手を出す訳にはいかないしなあ、とかぼんやり考えていると、左手にあたたかい何かが触れた。


「……へっ?」
「ちょっと暗くて危ないから…だめでしたか?」
「…え!?そ、そんなことないよ…夜道は危険だし、ね」


左手に触れるあたたかさの正体が彼女の白い指先だと知り、女子高生っていうのはやっぱり遊んでいるものなのかと思う。
この純朴そうな笑顔そのものが男に取り入る方法なのかもしれない。そう考えると、彼女を裏切っていることへの罪悪感を憶えることもない。
いや、だとしたら…いっそのこと――、



「……足立さんって」


不意に呼ばれた名前に、心を読まれたのかとどきりとする。何か反応するより前に、立ち止まった綾が言葉を続けた。



「……足立さんって、たまに寂しそうな目、しますよね」
「え、いや…そうかな。良くわかんないけど…」
「してますよ」



こちらを見上げる綾の双眸は真実を見ている。
……何なんだ、この、まるで心の裡を見透かされているような不快さは。
どうして、お前に一体俺の何がわかるんだ?
これだと断定する事の出来ない不快な感情に辟易する。
――夢も希望もある高校生は、霧すら晴らしてしまいそうな微笑みで、言った。



「私は、足立さんがこの街に来て会えて――嬉しいです」


僕は――俺は。彼女に返す答えを持ってはいなかった。

答えてしまったら、手のひらのあたたかさが離れてしまうような気がして。






――――そして。






「……やっぱり来たね」






霧の迷路の果てで、今度は事件の犯人として邂逅する。
そうして、少女の真っ直ぐな慧眼に射抜かれる。

―――君ともっと早く出会えて居たなら。或いは会うのがもっと遅かったとしたら―――何かが変わっただろうか。
今此処で俺と君が対峙する未来は避けて通れたかなんて、そんなの、わかりっこない。




WORLD END DANCE HOLE








(私はこういう奴見るとどうしても殴って更生させてやりたくなる)