Fantastic crime
「例えば僕が彼女を愛している理由というのは、兄さんを愛しく思う理由と酷く似ている。何をするにも不器用で、生きるのが下手で、才能はあるのだろうけれど
その才能が裏目に出る。そういうの、とっても可愛らしいと思わないかい?」
一分の隙も無い完璧な笑顔を前に、綾は戸惑いを隠せずにいた。どうにも手持無沙汰で、かといって目前に座る王子から目を離すことは、流石の我が道を行く彼女であろうとも躊躇われた。何と言っても豪奢なソファが恐ろしい程しっくり似合ってしまう彼、エドワルド=ウィンフリーは、第一位の王位継承権を持つ王子であるのだった。
「綾?」
そもそも、自分が彼とこうやって親しく話す間柄であったかすら疑問が残る。
エドワルド王子は処世術に長けていると耳にしてはいたが、然してこの城に滞在して長くも無い綾に心を許すとは到底思えない。
思えないのだが、現に彼は相好を崩して(まるで彼付きのメイド長に話すかの如く)砕けた調子で言葉を零しているから、綾は尚更困惑していた。
兎にも角にも呼びかけられたからには答えぬ訳にはいかず、顎に手を当てて、あー、とかえー、とか言葉を模索し始める。
「えーと、…それでもエドワルド王子はシエラやジャスティン王子に優しくしたりはしないんですよね?」「うん。そうだね」
数秒と間を空けず返って来た答えのせいで、綾は盛大に溜息を吐きたくなるのを堪えなければならなかった。
正直に言おう。わたしは彼、この国の行く末を握るかもしれない第一王子の事が苦手である。何を考えているのかよくわからないし、彼の起こす行動は先が読めない。
本当、どうしてシエラちゃんが彼に心酔してるのかよくわからない、むしろシエラちゃんはわたし専門のメイドさんになればいいのに、シエラちゃんかわいいよシエラちゃん
とかまあそんな事を言っちゃうと不敬罪になりかねないので思うだけに止めておいて、あーとかえーとか言う作業を再開する。
「あーえーと、そうだ、お茶受け出すの忘れてましたよね」
「ああ、構わないでくれ。僕は君の顔を見に来ただけだから」
見る限り彼が他の来賓(ロナウスとか)にするような畏まった敬語も使われていないし(まあわたし自体が外交問題に発展するような国際的に重要な人間ではないので当然といえば当然だ)なんとなく好意を持たれているようではある。と言うと、シエラに酷く驚かれ、さり気なく同情されたのも良い思い出だ。
初めて会ったのが城下でお忍び中の彼であった事も関係しているのかもしれない。(ものすごくなれなれしい感じで一緒にご飯食べたり魔法について語ってしまった)
しかし、綾としては上っ面だけの、当たり障りのない関係で居たかったというのが本音だった。
「…あの、エドワルド王子は、この国の王になりたいんですか」
スコーンを複雑な模様の描かれた皿へ取り分けつつ、間を持たせるために尋ねる。尋ねてから、もっと軽い世間話にしておけば良かったと後悔した。
しかしエドワルドは気を悪くした様子もなく、顎先へ指を添えて思案する。(正確に言うと多分、本当に思案しているわけではなく、ただのポーズだと思う)
「王位につきたいか、ということかい?まあ、いずれはつく事になるだろうね。僕がそうしたいと思う思わざるに関わらず」
「そうは思ってないんですね」
「どうしてだい?」
「あなたは玉座にはあんまり興味がなさそうです」
率直な感想を述べるとエドワルドは「…そう見えていたなら、失敗だな」と軽く苦笑した。綾は慌てて、少ないボキャブラリーの中から、フォローの言葉を模索する。
「えーと…それでも、興味がなくても、わきまえていそうですけど」
「弁えている?」
「皇子であることを」一人の個人ではないということを。
エドワルドは「そういう教育を受けて来たからね」と特段何の感慨も無さそうに言った。と、此処でまたしても話題探しに脳内を奔走する羽目になってしまう。
「(正直この人といると気まずい、とても気まずい…)…、あっ」
陶器が割れる、甲高い音が部屋中に響く。意識を別の事に集中していたせいで、カップを取り落としてしまったのだ。
「綾?大丈夫かい?」
驚いてはいるものの、気品は失わずに尋ねて来るエドワルドに対し、構わないよう進言する。
「あー…大丈夫です、ちょっと手切っちゃったくらいで…、!?」
申し訳ないけどメイドさん達に片づけをお願いしよう、として――エドワルドに手首を掴まれ、言葉を失った。
エドワルドは極めて上品な所作で、
綾の、血が出ている中指を、口に、含んだ。
「!!え、とちょ…あの、エドワルド王子…っ」
赤面、ではなく青くなる。仮にも王族の彼を跪かせているのだ。やばい。こんなところを誰かに見られたら、でもってメイドさん達に伝わったりしたらシエラちゃん達と戦う羽目になったり…!?と、この時の綾の頭からは記憶操作の魔術の事などすっかり抜け落ちていた。それ程に、動揺していたのだ。舐められているところが、熱を持っている。生温い舌で緩やかに傷口を撫でられ―――、
傷口を、噛まれた。
「、いたっ…!?」
上目遣いで、ピンポイントに抉られる。痛い。
咄嗟に手を引こうとするが、なかなかに強い力で手首をつかまれているせいで、されるがままになるしかなかった。
エドワルドは先刻と変わらぬ笑顔のままだ。だからこそ、この人は歪んでいるのだとわかる。僅かに開いた唇の間から覗く、綺麗な歯並びの白い歯とその奥の赤い舌とのギャップに、頬が熱くなる。どうにもこの人は気品と清潔感がありながら、どことなく艶めかしいのだ。
「君は、痛みに弱そうだよね」
優しげで、儚げで、しかし煌びやかな王子様は、雑談をする時と同じ調子でそう言った。
痛みに強い人間なんていないだろう。ただ、長い時を生きているせいで精神的な痛みには鈍くなったかもしれないけれど、とどうでもいい考察を広げて――そんな事をしている場合ではないと気付く。
「エ、エドワルド王子っ…この状況は非常によろしくないかとおもうんですが」
おそるおそるそう言うと、噛むのは止めてくれたのだが、掴んだ手首は一向に放してくれそうになかった。
一体何がしたいんだこの人は。さっぱり読めない。
碧眼が、その奥にある黒い情動のような何かが、―――綾を捉えた。
「どうやら僕は君の事を愛しているみたいだ」
その死刑宣告の如く紡ぎだされた言葉に、背筋が薄ら寒くなった。彼が歪んだ愛情を向けている相手を知って、いたから。
Fantastic crime
(クリムゾンの夢主はたぶんエースとかが苦手だとおも)