殺せない恋心


「正直に言えば、俺は君がふらふらするのには賛成しない」




休日(と言ってもいいかどうかは不明だが)にグレイの部屋のソファでだらだらごろごろと意味のない動きをしていると、
唐突に、余りに唐突にトカゲさんはそう切り出した。
今まで彼が押し黙っていたことによって微妙になっていた空気が一気に霧散する。その空間へ乗せられるのは呆れの溜息。
無論私のものである。




「ふらふらって…何を真剣に考えてるのかと思えばそんなこと」

「…そんなこととは何だ。俺は真剣に君の事を思って言ってるんだ」

「おとーさん」

「な」




いや、ほんとにお父さん気質だなあこの人は。しかし恋人兼お父さんってある意味一粒で二度美味しい要素なんじゃないだろーかと馬鹿な事を考えてみる。





「娘の友好関係に口を出すお父さん」
「……」
「ごめん。すねないでよ」
「拗ねてなどいない。呆れてるんだ」
「あはは、ごめんごめん」




すとん。グレイの膝の上に腰をおろして、首筋のトカゲさんへ触れる。紫煙をくゆらせながら眼を細めるグレイは私を威嚇しているようにも見えた。
口の中のキャンディを転がして甘さを味わいながら薄く笑うと、今度はグレイが溜息をつく番だった。




「綾」




トカゲの中にも、毒を持つ種類が存在する。トカゲの毒は蛇と違い、噛むことでじわじわと利き始め、
それは生命を危機に晒す程のものではないが、身体の動きを鈍らせる分悪質であることもまた確かだ。………私はといえば、もう既に噛み付かれている。それに、軽く生命の危機だ。幾分か高いグレイの目線に合わせるために、腰を持ち上げて膝へ跨る。棒付きキャンディが歯に当たって間抜けな音を立てた。




「じゃーグレイがタバコ吸うのやめたら私もここにとどまるよ」
「…う。………いや、いいだろう。君が此処に住むというならタバコはやめよう」

「わー大人ー」
「君は、俺をからかっているのか」
「いやいや、からかってなんていないよ。私は猫みたいなものだから、定住しないのが信条な感じなんだよね」

「猫って…あの猫か」



あのピンクの猫を想像しているのだろうか。グレイの複雑そうな表情がまた可笑しい。




「そう、あの猫」
「あの猫は可愛くないが、君は可愛い。綾」



照れもせず、言う。
さらりとそういうことが言えちゃうところがかっこいいんだよなあ、もう。立ち昇る紫煙を遮るようにタバコを摘んで、テーブル上の灰皿へ押し付け、反対の指先で口の中にあった棒付きキャンディをグレイのそれへ放り込む。




「綾?」

「タバコは体に良くないよ」
「ああ。わかっている」

「タバコ吸うと体力も落ちるんだよ」

「……君は俺の体力が落ちていると思うのか?綾」




にや、と悪そうに笑う。卑怯だ。ものすごく、卑怯。




「……思わない」




そんなの、こう言う他ないじゃないか。私の心中を見透かしたように、グレイは冗談だと言って私の髪を撫でた。
そう、大人のよゆーみたいなのを見せられると、困らせたくなるのが私である。ごつごつとした指が私を離れ、くわえていたキャンディの棒を取り出して灰皿の中へ放るのを横目で見ながら、身を乗り出す。必然、顔が近付く。いつもだったらこのまま自然に唇を重ねる。グレイも多分、そう思っているだろう。――――しかし、今日は。




「ねえ、グレイ」
「……ああ」
「……キス、して?」
「、」




いつもとは違うやりとりの果てに、グレイは面食らったような顔をしてふ、と顔を逸らした。あれ?




「………君は、本当に可愛いことを言う」



えーと…照れてる……?心なしか頬に赤みのさしたその表情は形容出来ないくらい可愛かった。正直私より可愛いんじゃないか。むう。
両手で頬を掴み、それ以上有無を言わせずちゅ、と唇を重ねる。もう一度、見開かれる双眸。大人でない顔に不覚にもぐらっときてしまう。
………………定住、しちゃおっかなあ。





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