ありふれたひとつの悲劇


「俺、やっぱり君の事が好きだ。綾」
「……へー…」




ベッド上で愛用の銃の手入れをしている最中、突然爽やかーに告白してきたエースに私は訝しげな視線を投げ遣る。今度は何を企んでいるんだこの狂人赤騎士は。




「君は?」
「は?」
「君は俺の事を好きじゃないの?綾」




一瞬自分の耳を疑った。今までの関係性から私がエースを好きなどという考えは鼻で笑ってしまえても正面切って言うようなことではないだろう。
ついでに言えばにこにこと笑いながら言えることでもない。手入れの仕上げにもう一度薄めの布で銃身を拭いてから、腰のホルダーへ突っ込む。




「……エースはもうちょっと自分が他人からどう見えているのか考えるべきだと思うよ。きみ、信用ならないんだもん。アリスにも言われてたでしょ」

「んー…考えるのは騎士の本分じゃないからなあ」




気の無い返事、というかどちらでもいいような軽い言い草にむかついた。
幸いにもエースは私の手元を覗き込むように身体を傾けていたためコートの襟元を引っ掴んでそのまま反動を利用してベッドの上へ押し倒す。
赤に彩られた心臓の位置へ突きつけるのは華美な装飾の銃。




「……ほら、そういうところが信用ならないって言ってるでしょ」




私の首元ぎりぎりに添えられたぎらぎらと光る剣先。
エースは、笑みを崩さない。どころか益々以って愉しそうだった。




「ははははっ。君って本当に面白いよなー。うん、すごく面白い」




エースの八つ当たりは日に日に酷くなっていくような気がする。あ、いや、酷いというか本人でも気付かないうちにエスカレートしていると言った方が正しいな。
私が銃を下ろすのに倣って彼も剣先を収め―――たと思ったら、大きな手のひらに片腕を掴まれ、彼の上から退けなくなった。




「それ、抜きなよ。俺が鍛錬してあげるからさ。優しく……鍛錬してあげるよ」




エースの人差し指が、フトモモの上のスカートを緩慢ながらも滑らかな動作で押し上げる。ぞわり、と全身が総毛立つ感覚。
それでも私が下手に抵抗をしないのは彼に対する集中を乱した瞬間に殺されてしまうかもしれないから、である。それ程に、エースという男は危険人物なのだ。
やがて男の人らしい指が私の腰から下げられたエストック―――刺突剣へ辿り着く。私の片方の手は彼の目に痛いコートに掴まっている状態で、もう片方は
後腰の実用的な銃のあたりで動いていた。




「それとも君は別の鍛錬がいい?もっと、痛くて…気持ちのいい、やつ」
「…」
「はははは、冗談だって。そんなに警戒しなくても食べちゃったりはしないよ。綾は羊みたいで美味しそうだけどさ」




放し飼いされた赤い狼が良く言う。羊というよりは哀れなスケープゴートと言った方がしっくりくるんじゃないか、と自嘲的に思った。




「……それは私が丸々太っていると言いたいのかな」
「ははは、そんな訳ないって。適度な肉付きだと思うぜ。そうだなあ…」




エストックにかけられていた指が引かれ、かん、と軽やかな金属音を立てて刃が鞘へ収まる。
仄暗い赤を湛えたまるきり好青年な笑顔に、半ば不吉な予感を覚えつつも彼の指先を目で追う。




「ここらへんとか」



エースの手はもう一度、今度は手のひらで覆うように私のふとももの上を滑って、
(手袋越しに強く掴まれ、やわらかに爪を立てられている気分になる)




「ここらへんとかが」




私の腕を解放したもう反対の左手で制服のリボンをなぞり、心音を確かめるように……言わなくても察して頂けると嬉しい。



「美味しそうだ」

「……っ、エース…!」
「…綾。ここが…好きなんだ?」
「…っ!!!」
「ははははっ、可愛いなあ。綾ってば」




セクハラだしパワハラだった。こんな職場で働く従業員を尊敬する。私の体を滑る獰猛な赤は、満足そうだった。
そう、これも八つ当たりなのだ。全部、八つ当たり。突っかかろうとする私を見て楽しんでいる。最低な、やつ。……私と同じくらい最低だ。




「君も弾の入って無い銃なんか持ち歩いていたって意味ないって、いい加減に気がつくべきだよ」




そんなこと、わかってるよ。







ありふれたひとつの悲劇




(やつあたり全開なエースと常に被害者なヒロイン)