視界はぼやけている。
 私の視力の問題ではない、これはそういう作品なのだ。
 見えるのは、揺らぐ水面に映るような街並み、ビルと人々の群れ。
 全てが漠然とした、確かに時の流れる空間だ。
 見渡す限りそういうものなのだろうと、次の部屋へ歩み出してふと、それに気付いた。
 今、何かが見えた。
 待て、あれはなんだ。
 曖昧な視界にほんの僅かに映り込んだ違和感を追う。
 雑踏のような空間をよくよく観察する。
 ……あれだ。
 私が見たものはあれに違いない。
 遠ざかる大小の影。
 辛うじて人とわかる群れと分かたれたそれ。
 大きな影は袋を片手に提げ、小さな影は片手を何やら忙しなく振り回している。
 2つの影のもう一方ずつの手は繋がっていた。
 少し荒れた筋張った細い手が、柔らかな幼い手をしっかりと握っている。
 2つの影が遠ざかるにつれてそれは見え難くなっていった。
 だが確かに、確かな繋がりを私は見た。

 そう、その、繋いだ手が、見えたのだ。
 この曖昧な視界の部屋で。
 それだけにピントが合うように。

 もう一度、雑踏を見渡す。
 ちらほらと、見えるものがあった。

 寄り添う影の、少し緊張したような雰囲気の絡み合う手。
 離れ難いと語り合うような、両手を絡め合い見つめ合う影。
 駆けていく小さな2つの影は片方が片方を引っ張るようで、けれどそれは強引なものではないように見えた。

 ほんの一時だけ重なる手。
 ずっと繋がれた手。
 様々な場面が散らばっていた。

 なるほど、この部屋は、そういう街なのだろう。
 心行くまで鑑賞した。
 どうやら私にとっては興味深い展示会のようだ。
 次の部屋には何があるだろうか?
雑踏

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