お兄ちゃんと先輩



「お兄ちゃん!」


 玄関のほうから勢いよく扉が閉められる音が聞こえたかと思えば、ばたばたと激しい足音が迫ってきてソレは沙良の部屋に飛び込んできた。静かに勉強をしていた沙良はぎょっとして声の主を窺い見る。部屋に飛び込んできたのは、息を切らし目をきらきらと輝かせた夕紀だ。学校から帰ってきた姿のままに、髪を乱して沙良を見つめている。


「な、なんだよ、夕紀……」

「聞きたいことがあるの!」

「聞きたいこと?」

「……お兄ちゃんは攻めと受けどっち!?」

「――は?」


***


 事は数時間前に遡る。

 休み時間にお菓子を食べながら夕紀は友人の麻莉亜とおしゃべりをしていた。さっきの先生うざかったねー、とか高校どうするのー、とか、何気ない会話をしているうちに、兄である沙良の話題となる。


「夕紀のお兄ちゃんってさー、すごいんでしょ!? JSの副会長だっけ? あとイケメンだよね!」

「副会長はすごいけどー……イケメンはないない」

「えー? かっこいいと思うけどなー。ねえねえ、彼女いるの?」

「彼女? いないよー! 前さ、部屋に知らない人連れこんで同じベッドで寝ていたから、とうとう家に彼女連れこんできたかーって思ったらさ、男だったし!」

「……男!?」

「めっちゃぎゅーって抱き合ってるんだよ!? 彼女だって思うじゃん! 男だったんだよねー」


 麻莉亜は夕紀の話を聞いた瞬間、固まってしまう。そんな麻莉亜の表情に気付いた夕紀は、(やばっ、ひかれた!?)と焦ったが、そうではないらしい。ぐい、と麻莉亜は迫ってきて、目を輝かせて尋ねてきたのだ。


「……男同士で付き合ってる、かもよ!?」

「え? お兄ちゃんと波折さんが? むりでしょ! 男同士とか、無理じゃない?」

「無理じゃないよ! 男同士にも愛は芽生える!」

「いやいや、物理的に無理だって! だってさー、ほら、えーっと、ヤるときどうすんの?」

「片方が女の子の役やるんだよ。男にも突っ込むところあるから!」

「お、女の子の役……!? えっ、えっ!?」


 麻莉亜が過激なことを口走っているということにもびっくりしたが、男同士でも「そういうこと」ができるという事実にもまたびっくりした。そして、男同士で付き合うことが可能だというなら……沙良と波折が付き合っているという可能性もある。だって……ベッドの中であんなにくっついて寝ているなんて、友達同士という言葉では収まるような気がしなかったから。

 が、そう考えるとどちらが「女の子の役」なのかが気になってしょうがない。普通に考えれば、沙良のほうがそっち側だろう。沙良のほうが後輩だし、性格も温厚だし。あの王子様みたいなハイスペックなイケメンの波折と並んだら、どう考えても沙良のほうが「女の子の役」だ。でも……


「……お兄ちゃんが女の子みたいなことしているとか、やだー!」

「相手どんな人だった?」

「……すっごくかっこいい人……王子様みたいで、爽やかで、きらきらしてて……そして生徒会長で……」

「……こ、これは……会長×副会長、さらには先輩×後輩……! これは夕紀のお兄ちゃんが右で間違いないよ!」

「右ってなに!? かけるって何の話!? こ、こわいよ麻莉亜!」

「夕紀……純粋なんだね。私がびーえるってものを教えてあげる!」


***

「……というわけだから、お兄ちゃんはどっち!? やっぱり受けなの!?」

「う、うるせー! 勝手に俺達をオカズにしてんじゃねー!」

「そ、その反応……お兄ちゃん、受けなんだね!? 受けなの!? 大丈夫だよ、ひかないから!」

「受けじゃねーよ! もうおまえ出てけ! ご飯まで話しかけんな! あほ!」

「えっ、じゃあ波折さんが受け!? うそっ、お兄ちゃんー」

 
 沙良は顔を真っ赤にして夕紀を部屋から閉めだしてしまった。

 夕紀が所謂「腐女子」になるとは……予想外だった。まだ知識をいれられたてでよくわかっていなそうだったが、そんなことはどうでもいい。これから波折との関係を詮索されるのは面倒だ。沙良も「腐女子」たちの言う「受け」とか「攻め」というものはよくわかっていないが、夕紀が言っていたことを考えればなんとなく意味はわかる。中学生のくせに突っ込む方突っ込まれる方なんて下品なことを考えているとは……と沙良は頭が痛くなってしまった。


「波折先輩がすっごいエロい「受け」って知ったら夕紀びっくりするだろうな……」


 夕紀は「かっこいい波折さん」に懐いている。そんな彼女に事実を教えるわけにもいかず……沙良は夕紀にろくでもないことを吹き込んだ顔も知らない麻莉亜ちゃんとやらを恨んだのだった。





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