暴君生徒会長はオメガ様
きっかけは、俺があるものを見てしまったことだ。
「あ――」
生徒会副会長として、俺はいつものように生徒会室に向かった。その日は、いつもより早く行ったことを覚えている。理由は……ああ、そうだ。ヒマだったから。まあ、そんなことはどうでもよくて。
生徒会室へ行くと、いつものように生徒会長の藍浦(あいうら)がいた。生徒会長はいつも一番乗りに生徒会室にいる。その日は、ちょうど来たばかりだったようだ。カバンを下ろして、ブレザーを脱いで。そして――
「あ、悪い」
「都谷(おがい)――……」
――抑制剤をのむ。
抑制剤をのんでいるところを俺に見られた生徒会長の顔といったら。それはもう、この世の終わりのような顔だった。
生徒会長はポロッと抑制剤を落とす。そして、落とした錠剤はお構いなしにツカツカと俺に近付いてきた。
「い……今見たこと、誰にも言うなよ!」
生徒会長は俺の胸ぐらを掴んで、そんなことを言った。あまりの勢いに、俺も流石にビビってしまう。
「なっ、なんだよ! わざわざ言わねえよ!」
「絶対に言うなよ!!」
「言わない! 言わないから放せ!」
ここまで生徒会長が詰め寄るのもわかる。
抑制剤をのんでいるということは、生徒会長はオメガなのだろう。オメガは、苦労する。いまだにオメガを差別する人もいるし、なによりアルファに狙われるようになってしまう。どろどろとした目でアルファに品定めされる毎日。考えるだけでも気持ち悪い。だから、オメガの人たちは、自分がオメガであることを秘匿する。
で、生徒会長がそんなオメガ。俺は驚きはしたが、べつにそのことを誰かにバラそうだなんてつもりはなかった。生徒会長のことは普通に好きだったし、苦労させたくはないからだ。
「……ほんとうに……言うなよ……」
「言わないってば、ちょっとは俺を信用しろよ」
「……うん」
生徒会長は先ほどの勢いはどこへいったのか、シュン……としょげていた。よっぽど、俺にオメガであることを知られたのがショックだったのだろう。
そうこうしているうちに、ほかの生徒会のメンバーが生徒会室へ入ってきた。生徒会長はパッと態度を切り替えて、彼らに挨拶をする。誰も――生徒会長がオメガだというのとは知らない。
*
次の日、俺が学校へ行くと――俺の教室の出入り口に生徒会長が立っていた。彼とすれ違う女子生徒たちが「わあー、会長!」「かっこいい……!」とヒソヒソ話している。相変わらずモテますねえ……と思いながら俺が教室に入ろうとすると。
「おい、都谷」
「……あ、俺?」
少し大きな声で、生徒会長が俺を呼ぶ。ちょいちょいと手招きをして。なんだか嫌な予感がするなあ、と俺は生徒会長についていった。
「俺と番になれ」
人通りの少ない、朝の特別教室。そこで言われたのは意味のわからない言葉。
「……あ、俺、用事思い出したわ! んじゃ――」
「逃げるな都谷!」
「ぐえっ! 襟を掴むな!」
聞き間違いでなければ、「番になれ」と言っただろうか彼は。
たしかに、俺はアルファだ。オメガの生徒会長とは番になれる。
なれるが、だからなんだ。俺と生徒会長は恋人でもなんでもない。生徒会長と副会長、それだけの仲。突然何を言っているのだろうかこの生徒会長様は。
「あのー、聞き間違いでなければ、番になれって言った?」
「言った」
「なんでだよ! 俺とおまえ、番になるような仲じゃねえよな!?」
「俺がオメガだって知っているアルファはおまえしかいないんだよ! おまえとしか番になれないだろ!」
「知ったことか! 俺はおまえと番になるつもりはねえよ!」
暴君だ。
生徒会長の言い分もわかる。わかるが、俺の気持ちも考えて欲しい。昨日のあれは事故だ。俺は何も悪くない。なのに、俺に番になれだって? 俺の選ぶ権利はどこへ行った?
「生徒会長の命令だぞ、俺と番になれ!」
「横暴すぎる!」
「――今日、俺は抑制剤をのまない。のまないで、今日の放課後に保健室にいる。……意味はわかるな」
――わからない! わかりたくもない! 保健室は正しい使い方をしましょう!
「あの……ちなみに、保健室にいかなかったら……」
「リコールだ」
「俺の内申点が!」
彼は何が何でも俺と番うつもりだ。え、うそ。俺、放課後コイツと交尾させられるんですか?
「じゃあ、副会長さん。また放課後、保健室で」
俺は返事していないというのに、生徒会長はそう言い捨ててどこかへ行ってしまった。
――つ、番わせられる……!
俺の今後はどうなってしまうのだろう。オメガの生徒会長さま……ああ、あいつと俺は番になるのか……。憂鬱なような――一抹の期待を感じるような。いや、期待ってなに。
不思議な気持ちになって、俺は今日という一日を過ごすことになったのである。
*
放課後、俺は保健室に向かった。不安9割、戸惑い1割。戸惑いというのは、俺のなかにある生徒会長へのなんとも言えない感情のこと。
保健室に向かったのは、断じてヤツと番になるためじゃない。リコールさせらないためだ。うんざりとしながら保健室に向かったのである。
鬱々としながら、保健室の扉を開く。そうすれば――
「……」
ムスッとした顔で椅子に座っている生徒会長がいた。
「あらあ、都谷くんじゃないの。藍浦くん、体調崩しちゃったんですって。迎えにきてくれたの?」
保健室にいた先生が、にこやかに俺を向かい入れてくれる。どういう状況なのだろうと、生徒会長に「なんで?」とこっそりと耳打ちしてみれば。
「抑制剤のまされた」
「そりゃそうなりますよね」
当然である。抑制剤をのまずにヒートを起こしたオメガがいれば、抑制剤をのませる。基本中の基本だ。断じて保健室は交尾を行う場所ではない。基本中の基本だ。
抑制剤をのんだ生徒会長は無事にヒートも治まって、こうしてただ椅子に座っているのみだった。
「よし、生徒会室に行くぞ会長」
「くそーっ! 都谷! 俺と番になれー!」
「断る!」
「何が何でも俺はおまえと番になるぞ! 諦めない!」
「こわっ! 俺への執念がやばいよおまえ!」
ずるずると生徒会長を引っ張って保健室を出る。
もしかしてこれは……これからずっと、あの手この手で生徒会長が俺に迫ってくるのだろか。なんて恐ろしい!
でも、何故かイヤではないんだよな。そんなことを思うのは、俺が流されているからなのだろうか。
はあ。生徒会長と副会長の俺が番になる。そんな日が――こないといいな。切に、願うしかなかった。
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