徒然なるままに


 

 東京は、文明開化の波に飲まれて実に日本離れした街並みとなっている。赤レンガに蒸気機関車、かっちりとした背広を着た人間たち。私は東京に来てしばらく経つが、未だにその光景に慣れていない。田舎育ちの私は、見渡す限りの田園風景こそが日本であると、莫迦みたいに信じ続けている。

 東京。なかなか愛着を覚えられない街だ。街を歩いていれば、肩が凝る。しかしそんな東京にちょっとした親近感を覚えたのが、最近のこと。

 この街のはずれに、神社があるらしい。


***


 文明開化が進んだとはいっても、中心部を離れればまだまだ日本らしい風景は残っている。神社についての話をきいてから気づいたことだ。

 なんでも、その神社には竜神が住んでいるらしい。しかも、その竜神には人間の恋人がいるとか。それを知る人々は、その事実を暖かく受け止めていて、二人の恋を祝福しているようだ。

 私がその話を聞いて特に驚かなかったのは、きっと私自身似た境遇にあるからだろう。私も、神様ではないが妖怪たちと心を通わせている。人間と異形の恋など、さして珍しいことでもない。

 しかし、その竜神と人間の二人について、私がひとつだけ信じられなかったことがある。それは……二人の性交を覗き見ることが可能だということだ。
 


***


 二人は頻繁に会っているわけではなく、人間たちが神社にほとんど訪れない時期の夜に、こっそりと会っているらしい。それはその神社の神様である竜神が、神としてのつとめを果たすためである。神が恋人との戯れに耽って人間たちの祈りを聞くことができなくては、神として在ることができない。

 しかし、その神社に人間が多く訪れるのは、竜神がその恋人との逢瀬をしているときだという。人間たちは、竜神とその恋人のまぐわいを見たいらしい。なんでも、それは淫らでありながら神聖な儀式であり、見れば幸せになれるのだとか。当の二人は「覗かれている」ことはわかっており、見られてもいい時は本殿の鍵を開け、二人きりで愛を育みたいときは鍵を閉めているのだという。つまり、人間たちが訪れるのは、鍵が開いているときのみということだ。

 正直、私はそれに強く惹かれた。そのような淫らなものを堂々と覗くことができる機会などほかにはない……という、単純な好奇心。それから、そのような非現実的なものに強く惹かれてしまう、作家としての性。様々な想いが、私を駆り立てていた。



***


 竜神の名は、鈴懸。そして恋人の人間の名を、織というらしい。その情報を手に入れたのは、私が神社へ行く決意をした日。私はひどく緊張しながら、その神社へ向かっていた。
 
 その日は、私の話を聞いた高嶺先生も共に来ていた。彼も私と同じく、二人のまぐわいに興味があるらしい。

 夜の神社は、恐ろしく静かだった。虫の鳴き声と、草木のざわめきのみが支配する、気が狂うほどの静寂。自分の足音すらも大きすぎるように感じる静かな、場所。少々古い鳥居をくぐって苔の生えた道を歩いて行くと、この静寂が嘘のように人が集まっていた。みな、息を殺して本殿の前に集っている。私もその群に吸い込まれるようにして……ほんの少し扉の開いた本殿の前に立った。

 中が、見えた、その瞬間。

 私は、思考が停止した。

「鈴懸」、そう甘ったるく竜神の名を呼ぶ人間の姿。名前だけではわからなかったが、その人間は男であった。おそらく私と同じくらいの歳の青年。息を呑むほどに美しく、あれが神様の恋人になる者なのだと納得せざるを得ない、そんな容姿をしていた。

 そんな美しい、織という青年。彼は布団の上で竜神である男と向かい合っていた。熱っぽく、湿っぽい、そんな空気が二人を包んでいる。二人から発せられる空気からは、二人がまぐわう予感をはっきりと感じさせるものがあった。しかし、あの織という青年が乱れる姿を、私は想像できなかった。あんなにも美しい人が、いやらしく腰をくねらせる姿が頭に浮かんでこなかったのだ。

 しかし、そんな私の乏しい想像力はすぐに裏切られる。竜神が青年の細い腰を抱き寄せ、唇を奪った瞬間だ。青年が顔を艶やかに蕩けさせ、甘ったるい声を上げ始めたのだ。

 二人を覗く人間たちが息を呑む。これから、二人の情事が、始まる。

「美しいね」

 それが、高嶺先生の発した言葉であった。

 私は、その言葉に深くうなずいた。

 着物をするりと脱がされ、肩をはだけさせる青年。竜神に唇でその真白な肌を愛撫され、徐々に肌を朱く染めてゆく。その唇からはいやらしく甘い声をあげ、熱っぽい吐息をこぼす。

 美しい、としか言いようがなかった。二人のまぐわいは、あまりにも美しく、そして淫らであった。

 竜神はその瞳に青年の艶姿をしっかりと映し、彼を愛しくてしょうがないとでも言わんばかりに甘く優しい口づけを青年の全身に落としてゆく。囁かれる言葉は、聞いている私たちの耳が溶けるくらいに、どろどろに甘い。

 徐々に乱れてゆく青年は、やがて布団の上に押し倒され、覆い被さった竜神の体に隠れてしまった。しかし、竜神の背中にからみつく彼の柔らかそうな腕と脚が、私たちに青年の体の高ぶりを教えてくれる。竜神にしがみつく彼の手、それから力がこもりまるまった彼のつま先。揺さぶられる度に甲高い声を発する青年は、竜神に抱かれることに最上の幸福を感じているのだろう。

 何度も体位を変えて、彼らは愛し合っていた。私でもびっくりするくらいに青年は乱れていた。顔は蕩けていて、結合部はぐずぐずになっていて、人間はあんなに感じることができるのかと思うくらいだった。彼の感じている時の顔は、蚊帳の外で覗いている私たちの下腹部を熱くするものだった。

 二人が達すると、人間たちが本殿から離れてゆく。これから、扉には鍵がかけられてしまうらしい。二人のまぐわいを見た後の人間たちは、どこか幸せそうな顔をしていた。

 私も、その人間たちに混じって神社を出て行った。妙な気持ちを抱きながら。

 私は、竜神と人間の恋人の交わりを見て、それを私の作家としての経験のひとつにするつもりであった。丁度、私が屋敷の妖怪たちと交わるのと同じように。しかし、二人の交わりをみても……私は、妖怪たちと交わったときのような満足感を得られることができなかったのだ。

 なぜ? 高嶺先生に問うてみる。

「彼らのまぐわいは空虚を満たすためのものではないからさ。君が求めるものとは違う」

 返ってきた答えに、私は首を傾げた。私が「わからない」といえば、高嶺先生は「じゃあ今度は君を満たすために、屋敷に帰ったら抱いてあげよう」と言ってきた。結局先生の言った言葉の意味はわからなかったが、私は先生の言葉に胸を躍らせた。



戻る
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -