イノセントジェラシー
「何を怒っているんだ、グリフォン」
「……」
自分の上にどっかりと乗っかって、じとーっと見下ろしてくるグリフォン。ノワールはそんな彼に戸惑いを感じたが、逃げることもできずとりあえず尋ねてみる。
「……」
「言ってくれなきゃわかんないよ。心当たりもないし」
「……」
「グリフォン? ……!」
グリフォンはひたすらに黙り込み、そしてノワールの首元に顔をすり付けてきた。ちょっぴりちくちくとして、くすぐったさを感じたノワールは笑いながらもグリフォンの頭を撫でてやる。
「あ、そうか。ブラッシングしてあげるの忘れていたね。毛並みがあんまり良くない」
「……」
「ごめんね、最近ラズワードに時間を割くことが多くて暇がなかったから――痛っ!」
ノワールが「ラズワード」の名を出した時だ。バシン! と思い切りしっぽで体を叩かれた。ノワールがびっくりしてしまって目をぱちくりとさせていると、グリフォンが怒った時のように唸っている。
「えっ、何? ラズワードのこと?」
「……」
「わ、ちょっと、くすぐったい」
グリフォンは無言で、ノワールの体に自分の体を擦り始めてきた。マーキングをされている、それに気付いたノワールはわけがわからなくなってしまって、されるがままになるしかない。
何か、グリフォンが怒るようなことをしただろうか。ノワールはグリフォンにぐりぐりとされながら、最近の出来事を思い返す。
***
「ひとこと言っていいかな」
「どうぞ」
「俺を抱きたいって言ってきたのは、君が初めてだからな」
ノワールは自分が置かれている状況に、できるだけ冷静になろうと言葉を発した。
部屋に入って、ベッドの上でちょっとキスをしていたら、突然ラズワードに押し倒された。てっきり普段のようにラズワードを抱くつもりでいたノワールは、不意打ちに反応できず、こうしてラズワードに組み伏せられることになったのである。
普通の男が相手だったらすぐにやり返すことができるのだが……如何せんこの青年は、随分とノワールの教え込んだ戦闘術を吸収してしまって、ノワールがやり返せないように上手く押さえつけてくる。「こういうときに使うんじゃないぞそれは」なんて言いたくなったが、やりかえせない自分が不甲斐なくてそんな言葉は呑み込んだ。
「それ、本当ですか?」
「疑うのか。俺、一応神族のトップだからな」
「……それはもちろん承知ですけど。こんなに嗜虐心そそられる人もなかなかいませんよ」
「そ、そんなことを言われたのも初めてだ! 俺、そんなつもりないんだけど」
「だってこんなに強くて聡いのに、儚いんですから……どうにかしたくなるじゃないですか」
「……どこで俺は教育を間違えたんだ……」
引く様子のないラズワードに、ノワールはため息をつく。もはや、諦めの状態にはいっていた。ラズワードが少しだけ嬉しそうに目を細めたのをみて、ノワールは苦笑する。
ラズワードがノワールの首筋に口付けた。そして、ちろりと舌を這わせて、ちゅっと肌を吸って音を立て……ぐ、と噛みつく。
「んっ……」と小さな声をあげて体を振るわせ、ノワールはそっとラズワードの髪を掴んだ。今なら彼を押し退けて、やりかえすことはできるのに……体が動かない。もっとされたい、そんな欲求がこみ上げてくる。
ラズワードと肌を触れ合わせていると、頭が真っ白になって、理性が吹き飛んでしまう。
「肌、熱くなってきましたね。抱かれる気分になってきましたか?」
「……俺、おまえに「抱き方」を教えたことはないんだけど。できるの?」
「女を抱いたことはあるので、それとさほど変わらないでしょう」
「……!? 女を抱いたことがある!?」
「心外な。ありますよ。あんまり自慢できるようなものでもなかったですが」
「……そうか。あんまり聞かないでおくけど……」
シャツのボタンを外されながら、ノワールはいつの間にか一切抵抗をしなくなっていた。ただ、抱かれることに全く抵抗がないというわけではない。時々、気分がどうしようもなく落ち込んだときは、ラズワードに体を痛めつけてもらうこともあるが、今日はそういう気分でもなかった……ので、こうしてシャツを脱がされていくことには興奮よりも恥じらいを覚えてしまうのだ。
自分に今まで抱かれてきた女たち、それからラズワードはこういう気分だったのか……なんて思うと、妙な気分になってしまった。
「……っ、」
はだけた肌に、ラズワードが手のひらを添える。そして、腹から胸へ、ゆっくりと撫で上げた。ぴく、とノワールは震えて、そして手の甲で顔をそっと隠す。羞恥に頬が紅潮しているところなど、絶対にラズワードには見られたくなかった。
両手の平をわき腹から背中へ、滑らせる。そして、背中をぐっと持ち上げるようにして……ラズワードはノワールの胸へ、口付けた。
……たしかに、慣れている。それを感じて、ノワールはますます恥ずかしくなってしまった。ちょっとこれはまずい、そう思って、気を紛らわせようと違うことを考えてみる。
「……ああ、そういえば」
「?」
「……俺を抱きたいって言ってきたの、君が初めてではなかったな」
「……いたんですか?」
「うん。……雄が、一匹」
「オス? 男ではない?」
「……俺の契約獣だよ。大切な相棒」
「……契約獣。……ってことは今もノワール様のなかに?」
ラズワードははたと手を止めて、顔をあげる。そして、ノワールの左胸をぐっと手のひらで押す。
契約獣は、姿を現さない時も主のことを見続けている。つまり……今、その契約獣は、この行為も見ているわけで。
「……見せつけることになっちゃいますね。恥ずかしくないですか?」
「いや……グリフォンは俺のセックスなんて何百と見ているし、今更……」
「そう。じゃあ、思いっきり乱れてください」
「えっ」
ラズワードがぐっとノワールの首を掴む。
うわ、こいつ卑怯だ。一瞬それを思ったが、力を込められて酸素が薄くなってゆくと、もう何も考えられない。ラズワードはノワールが首を絞められることに興奮を覚えることを知っていて、こうしてきたのだ。
年下に抱かれるのも、奴隷に調教師が抱かれるのも、天使に神族が抱かれるのも、いろいろと問題なのに……それをわかっているのに、そんな状況に置かれていることに、妙に興奮してしまう。
(ああ、まずい。壊れそう)
自分を見下ろす、青い瞳。そこに映し出された自分。
ゾクゾクとして、体の芯が震えて。もう、彼の好きにしてほしくて。
唇を重ねられ、ノワールは彼の背中に手を回した。
***
「……もしかして、嫉妬した?」
「……」
「痛いっ、叩くな」
ひとつ、グリフォンが怒る原因になりそうな出来事を思い出したノワールは、グリフォンに問う。そうするとグリフォンが再びバシンとしっぽでノワールを叩いて、いらいらとした様子でノワールの首に噛みついた。
「い、いた、痛いって、君に噛まれるのは洒落にならないから……」
「……」
「待って、別にあれは君に見せつけていたわけじゃないから……ラズワードはあんなことを言っていたけれど……」
「声を出したときに『グリフォンに聞かれている』とか考えていたのはどこのどいつだ」
「そんなことをわざわざ俺に聞くな! さすがの俺も恥ずかしくなるだろ……!」
グリフォンががじがじとノワールの首を噛みながら、その体に爪をたてる。ノワールは参ってしまって、でもグリフォンがこんな風に迫ってくるのは珍しくて抵抗はしたくなくて、少々痛みはあったがそのまま動かないでいた。
「……もう、グリフォン、……痛いって……」
「……アイツには痛いことを悦んでしてもらっているくせに」
「それはそれ、これはこれ、……いっ、……いたたっ! 血がでる、……シャツが汚れるから!」
グリフォンはノワールのシャツの中に前足をつっこんで、左胸の上にのせる。そのまま爪をたてれば、心臓に突き刺さって――死ぬかもしれない。
ノワールはなぜグリフォンがここまで怒っているのか、理解できなかった。今まで女とセックスをしたときには、こんな風にならなかったのに。なぜか、グリフォンはラズワードにだけ強い敵対心を抱いている。
でも、この強烈な……嫉妬か、それとも執心か、愛か。それがたまらなくて。ゾクゾクとしてしまって、ノワールはそれ以上抵抗の言葉を吐かなかった。目を閉じて、痛みをじっくりと感じていた。
「……グリフォン、君さ、こんなに一人の人間に執着したこと、ないでしょ」
「……おまえが最初で最後だ」
「はは、……たまんないね、それ」
ノワールが笑う。
やがて、グリフォンが血がでてしまったノワールの首を優しく舐めてきた。
ノワールはそんなグリフォンのことが愛おしくてしょうがなかった。ほかの人間に抱くものとは違う感情。きっと、体以上のーー魂で繋がっているからこそ抱ける、強い強い愛情だ。こんな理不尽な執心すらも、嬉しくてたまらない。
「……あとでブラッシングしてあげる、グリフォン」
END