アリスドラッグ | ナノ


▼ 花をひとつ

「私、ひとつだけ宇津木につかえていて、未だに辛いと思うことがあるの」



 文の部屋を掃除しながら、紅がぼそりと群青に言う。



「宇津木の人たちは、優しい人も多くて私によくしてくれた。私、みんな好きだったの。でも、彼らはみんな……人間でしょう?」



 紅は一冊のアルバムを手に取った。中を広げて、懐かしげに写真をみつめている。



「命の長さが、違うんだよね。好きな人たちの死ぬところを、何回もみなくちゃいけない。嫌だな。大好きな人たちが死ぬのをみるのは」

「……そうだな。でも、人生を精一杯楽しんで、寿命で亡くなる人の死に顔は、俺は嫌いじゃない」



 群青は紅に近付いていくと、アルバムを覗き込んだ。「楽しそうに笑ってんじゃん」、なんて感想を言うものだから、紅は苦笑する。



「まあ、おまえが嫌だっていうなら俺はおまえに死ぬところを見せないよ」

「ん?」

「おまえよりも長生きする」

「……そもそも貴方が死ぬときまで、私たちは一緒にいるのかな」



 紅の言葉をきくと、群青はぱちくりと瞬きをした。そして、ふ、と吹き出す。照れたように頭をかいて、少しだけ、紅に寄り添った。



「あー、そっか、そういう保証はないか。当然だと思ってた、ずっとおまえと一緒にいるの」

「そうよ。結婚したら使用人は解雇ですもの。この屋敷から出て行くのよ。もう、式神の契約なんてあってないようなものだし」

「……そうだな」



 顔をあげようとしない紅を、群青はじっと見つめる。



「……ずっと、おまえと一緒にいたかったな。俺」

「……」



 紅はぱたりとアルバムを閉じる。そして、顔をあげて群青をみつめた。目があって、微かに頬を赤らめる。



「……それなら、ひとつだけ方法、あるでしょう?」

「……」

「……私と群青が、ずっと一緒にいる方法」



 アルバムを棚に置いて、紅は群青に寄り添った。ゆっくりと背に手を回して、そうすれば群青もぎこちなく紅を抱きしめた。



「あのさ、」

「……うん」

「……一緒にいる方法ってなに?」

「……ハァ? 本気で言ってる!?」



 紅は群青を突き飛ばすと、顔を真っ赤にして叫ぶ。



「この雰囲気でそんなこと言われるとは思わなかった! そこまで鈍いなんて……ほんと、あんたバカ! 大人っぽくなったとか思ったけど気のせいね! この、バカ! バカー!」

「は? なんで怒ってんだよ!」

「うるさい! 今の会話の流れはどう考えても好きって言うところでしょ!」

「えっ、なに、俺おまえのこと、好きだよ? なんだよ!」

「そういう好きじゃないくせに! もう! いい加減にしろ!」

「どういう好きならいいんだよ!」

「私は! あんたのお嫁さんになりたいの! それが夢なの! バカー!」



 叫んで、紅はそのまま走って部屋をでていってしまった。群青は追いかけようとしたが、紅の言葉の意味を遅れて理解して、立ち止まる。



「え、ええ……ま、まじか、紅……」



 ふら、と群青は近くにあった椅子に座り込む。ほして、頭を抱えてぼそりと呟いた。



「……ほんと、俺……馬鹿じゃん」


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