アリスドラッグ | ナノ


▼ ヒロインの幸せとは



 夜が明けて、椛は何度も何度も自分の身体をチェックしていた。アウリールに頼み込んで、肌がなるべく隠れるようなドレスを着せてもらったのはいいが、首元はやはり大きく開いている。布地を引っ張りあげて、昨夜アウリールにつけられた痣がなんとか隠れないかと、椛はずっとそうやっていたのだった。

 その理由は、もちろん。



「ナ……ラプンツェルやー、ラプンツェルやー、お前の薔薇を下げておくれー!」

「……ライン……全然アウリール様に似てないよ……」


 ラインヴァルトにみられないようにするため。アウリールの真似をして椛を呼ぶラインヴァルトの声を聞くと、椛の心臓はどきりと跳ねる。そろそろと小窓に近づいていって、ラインヴァルトの姿を確認すると、なぜか無性に泣きたくなってしまった。彼のことを想って自慰をした後ろめたさ、そしてアウリールに穢されたこの身体。にこにことなにも知らずに笑うラインヴァルトの目をまっすぐに見る自信がないのに、今すぐに彼の胸の中にとびこみたい。そんなジレンマが、苦しい。



「……ライン……今日は……!」

「えー!? なんだってー!?」

「今日は、会いたくない……!」

「聞こえないー! はやくあれ、歌って! 俺、はやくナギに会いたいから!」

「……っ」



 ぽたり、と小窓の縁に涙がおちる。



*・。*・。*・。*・。*


薔薇の香りのなかであなたに抱かれるわ

暗い塔のなかでわたしはただ

あなたのキスを待っているの

*・。*・。*・。*・。*




 風と、鳥の囀りと。椛の歌が混ざり合う。塔を薔薇の花が彩って、ラインヴァルトを椛のもとへ誘った。あっという間に登ってきたラインヴァルトは、泣き腫らした椛の顔をみて、驚いたような表情を浮かべる。



「……ナギ?」

「ねぇ、ライン」

「ん? 」



 椛はラインヴァルトにくるりと背を向ける。どこかふるえるその細い肩。抱きしめようとしたラインヴァルトを、椛の哀しそうな声が拒絶する。



「ラインは……なんで僕のことを好きになったの?」

「なに? 急に」

「……ラインは僕のことあんまりしらないですよね。僕が、どんなに浅ましい人間なのか……なにも、貴方は知らない」




 石畳でできた塔は、寒い。長袖のドレスを着ても、自分の身体を抱きしめても。冷たい空気に撫ぜられて、心の中までも冷えてゆく。変だ、今までそんな風に感じたことがないのに。溢れる涙はこんなに熱いのに、どうして身体は寒いと訴えているのだろう。



「えー、なんで好きって言われても……まあ、初めは顔が可愛いって思ったのがきっかけかなぁ。たしか」

「……僕は、中身はもっと」

「でも、今は全部好き! ナギの全部が、俺は好きだよ。俺を拒絶しながらちょっと顔が紅くなるところも、時々笑ってくれるところも。はじめは人形みたいで綺麗だなぁ、俺のものにしたいかもなぁ、くらいしか思わなかったのに、今はナギの見せるたくさんの表情が、新しく発見できる表情一つ一つが本当に愛おしいって、そう思う。だめ? 俺は、ナギの傍にいたい」

「……!」



 自分できいておきながら、椛はラインヴァルトの返答にかあっと顔をあからめた。そして、後ろからぎゅうっと抱きしめられて、心臓が締め付けられるように傷んだ。ラインヴァルトの腕を振り払おうと思ったのに、あまりにも彼の腕の中が心地よくて、できなかった。



「ライン……僕は……」

「……うん」

「僕は、」



 はらはらと花弁のようにこぼれ落ちる涙を拭い去るよりも。貴方の熱に触れたかった。回された腕をきゅっと握りしめた。厚い胸板にそっと頬を寄せた。



「僕は……とても、穢い人間です。貴方の笑顔が眩しくてしかたないのです。この塔の中で、僕は辱めを受けながらもそれを悦びと感じていました。きっと貴方の想像以上のことを、僕は悦楽としてやっているでしょう。そして、貴方の好意を僕はその延長線上のように受け止めているのです。ただこうして抱きしめてくれるだけでは、……口付けを交わすだけでは足りないと……そんな、浅はかな想いを抱いているのです」

「……ん? それは、えーっと……俺とセックスしたいって言ってる?」

「……気持ち悪いって思ったでしょう。貴方が綺麗だって言った肉体にくたいの中が、こんなに淫らな欲望にまみれているなんて」



 隠せばいいのだ。アウリールとの淫行を、身体は拒んでいないということを。被害者面すれば、きっとラインヴァルトは同情してくれる。椛に悪い印象など抱かない。

――それはわかっていた。

 しかし、黙っていることができなかったのだ。自分の穢い部分を隠してこの人に好かれようとすることが、ひどく罪深いことのように思えたから。だから、これでラインヴァルトに嫌われたところで後悔しない。いいや、嫌って欲しい。貴方に嫌われたのならばきっと……この苦しみからも開放されるだろうから。



「ねえ、ナギ」

「……はい」

「それって普通じゃないの?」

「……え?」



 ハッと椛は顔を上げる。予想外の軽いトーンで吐いたラインヴァルトの肯定の言葉に、驚いてしまったのだ。



「好きな人とセックスしたいのって、おかしいことじゃないじゃん?」

「……そ、それはそうですけど……そ、それに僕は……アウリール様と……」

「あの男がおまえをそうしたっていうことは、許したくない。でもナギを咎める理由にはならない。あの男はおまえをここに閉じ込めて、ずっとそういうことをして……半ば強制的にそんな風にしたんだ。ナギが気負う必要はないと俺は思うけど」

「……だって。僕がそういうことが好きだという事実は変わらない。貴方の純粋な想いに応えることなんて、僕には」

「――純粋? 俺だってナギとセックスしたいけど」

「……は」

「初めてみたときから、おまえはなんて儚いんだろうって、そう思っていた。そして、身体に残る痛々しい傷跡が、俺の欲をなんとなく抑えつけていた。……俺がおまえを抱いたら、おまえが壊れてしまうんじゃないかってそんなふうに思ったよ。でもね、正直に言えば、俺はおまえとしたい。触れたいよ、抱きたいよ、おまえが俺に感じているところを見たい。ナギの全部を、知りたい。……好きだから」


 あまりにも率直で情熱的なラインヴァルトの言葉に、椛はもうなにも言い返せなかった。そっと、顔をあげて、ラインヴァルトと目を合わせる。



「ライン……僕……したい。ラインと……したいよ……」

「うん……俺も。椛のこと、抱きたい」

「ライン……」

「……ん、」

「好き……」



 ラインヴァルトの瞳が、大きく見開いた。花の香りのようにふんわりと、掠れた声で囁かれた告白に、胸の奥が震えたような気がした。

 君はたしかに、「好き」という気持ちを知らなかったはずなのに。

 嬉しくて、泣きたくて、強く強く抱きしめたくて。溢れるたくさんの想いをどうにか抑え込んで、ラインヴァルトは言う。



「ナギ、俺も……俺も好き!」



 椛は、うん、と微笑んだ……と思いきや、はにかんだように、にっこりと笑う。お互いの嬉しいという気持ちが爆発したみたい。心の中ではやくはやくと焦る愛おしい感情が、体中の血流を加速させている。なんとなく震える手を椛の頬に添えると、椛はそっと手を重ねてきた。



「ナギ……キス、していい?」

「うん……して。ライン……キスして」



 ああ、好きだ。

 椛が静かに瞼を伏せる。長い睫毛に見惚れる余裕なんてなかった。薔薇の蕾のようなその唇に、ラインヴァルトはまっすぐに口付けた。



 触れるようにそっと、重ね。鼻先を掠めた、薔薇の香りと涼風の冷たさ。融け合う熱のなかに感じた、カサついた唇の感触が愛おしい。扉をノックして開くのを待つようにじりじりと求める気持ちを押さえつけて、その焦れったさすらも心地好い。



「ん……ん、」



 椛はラインヴァルトの首に腕をまわし、背伸びをして必死にキスをした。キスなんて前戯としていつもアウリールとやっていたのに、キスの仕方を忘れてしまったかのように、それは不器用極まりないキスだった。息継ぎの仕方がわからない、どう角度を変えればいいのかもわからない。ちょっとだけ息苦しいとそう思ったけれど、無我夢中でするこのキスが本当に気持ちいい。ラインヴァルトと気持ちが繋がった嬉しさに溢れる嗚咽を混じらせながら、椛は何度も何度も、キスを求めた。



「あ、……ん、……ライン……ライン……」

「ナギ……」



 猫がじゃれてくるような、そんな拙くて可愛くて甘いキスが、愛おしくてしょうがない。ちゅ、ちゅ、と繰り返される軽いキスは、それでも仄かに熱を灯していて、ラインヴァルトの心の中に穏やかな炎をつけてゆく。抱いた腰の細さ、撫でたさらさらとした絹のような髪の毛。彼のすべてを、自分のものに。そんなたしかな情欲に蓋をして、ささやかな愛の交わりを楽しんで。本当はいますぐに抱きたいと思ったけれど、あまりにもこのキスが気持ちよかった。


「んっ……ん、ん……」



 舌を交わらせる。そして同時に、ラインヴァルトは椛のドレスを解いていった。肌を風に撫でられてぴくりと身じろいた椛も、ラインヴァルトのシャツのボタンをゆっくりと外してゆく。

 そっと開いたその瞼の下には、光が泳いでいた。深いキスを交わしながら見つめ合い、晒した肌を触れ合わせてゆく。気温が低いかったからか、肌が少し冷たい。しかしじっと抱き合っていれば、氷を溶かしてゆくようにじんわりと、熱が体内から溶け出てくる。椛のすべやかな肌はラインヴァルトの肌にしっとりと馴染んで、いつまでも触れていたいと思うほどに気持ちいい。



「あぁっ……」



 ラインヴァルトが椛の腰をぐっと引き寄せて敏感なところをすりあわせてやると、椛はたまらず唇を離して儚い声をあげた。少しだけたちあがったそれを、ラインヴァルトはぐいぐいと押しこむようにこすりつける。酸素を求め逃げた椛の唇に噛み付いて、半ば強引にキスを再開させて、そしてさらに下腹部への刺激を強めていって。それでも椛は悶えながらも拒むことはなく、時折苦しそうな声を上げながらも自らも腰を動かしていた。遠慮がちに、慎ましく。恥ずかしいと言わんばかりに顔を赤らめ瞳を潤ませ、それでもラインヴァルトと快楽を共有しようと懸命に腰を動かす様子が、ラインヴァルトは愛おしくて堪らなかった。



「ふ、ぁ……ぁん、ん……」

「ナギ……可愛い……好き、ナギ……」

「……っ、ライン……すき、……すき、好き……」


 ぐずぐずに泣きながら椛は「好き」と何度も囁いた。どうしてこんなにも愛おしいのか、何故胸がこんなにも満たされるのか。椛の唇から零れる「好き」を聞きたいという気持ちと、キスをしたいという気持ちがぶつかりあって胸を焼く。



「ふぁ、ぁ、んん……すき、ぁ、すき、……」



 ぬる、と先から伝う液体を感じると、ラインヴァルトはさらに動きを早めた。先が不安定にこすれ合ってもどかしい気持ちを煽られて、余計に激しくなってしまう。荒くなる呼吸、交じり合う吐息。目の前の泣きながら感じている椛の様子に、くらりと目眩を覚えた。

 指先で、身体を愛撫してゆく。背筋、腰、脚。胸の先を摘んでやると、椛がくぐもった高い声をあげた。弄る場所によって反応が少しずつ違う。椛の感じるところを知っていくことを、幸せだと思った。



「ナギ……気持ちいい……?」

「……うん、きもち、いい……もっと、さわって、……ライン……」




 そっと腰を下ろす。本当は押し倒して、組み敷いて、自分の下で溶けてゆく椛をみたいと思ったけれど、冷たい石畳の上に寝かせるなんてことができなかった。ラインヴァルトは胡座をかいて、その上に椛を座らせる。



「は、ぁあっ……」



 指を一本、椛の中に入れた。つぷ、と秘めやかな音をたてて指が沈んでゆく。柔らかく、ラインヴァルトの指にねだるようにぎゅうぎゅうと絡みついてくる肉壁。零れて伝う精液を絡めながらゆっくりと奥へ進んでゆくと、小さな膨らみにたどり着く。



「あっ……! ライン……ま、って……そこ、だめ……!」

「……ここ、いいところなの?」

「――っ、ふ、ぁああ……! や、や……こえ、でちゃう……はずかし、から……まって、まって……ライン……」

「……いいよ、聞かせて。俺、もっと聞きたい。ナギの全部、知りたい」

「あっ、あっ、ひゃぅ……!」



 椛の気持ちいいところを見つけたラインヴァルトは、そこをじっくりと責めだした。ぐいぐいと押して、撫でて、中が蠢く感触を確かめながら、椛の快楽を煽ってゆく。指をもう一本増やすと、今度は二本の指で挟むようにしてこりこりとさすりあげた。



「んっ、あっ、ぁあッ、ん、」

「ナギ……可愛い……可愛いよ」

「いわ、ないで……あっ、やぁっ」

「なんで……もっと、言わせてよ……ナギ、可愛い、好き……大好き」

「あぁッ……! だめ、だめぇ……!」



 好き、というたびに。椛の声は艶を増してゆく。もう、愛おしくて愛おしくて、仕方がない。



「く、ぅ……ん……っ!」



 しつこくソコを責め続けると、椛はぎゅうっとラインヴァルトを抱きしめながら達してしまった。ビクッと大きく身体が跳ねさせ、くたりと力を抜いて堅くなったものの先からとくとくと精液を吐き出した。ラインヴァルトはそんな椛の髪の毛を梳きながら目を合わせるように促すと、椛は素直に従った。とろんとした瞳でラインヴァルトをみつめ、そして流れるように唇を重ねる。



「ライン……」

「ナギ……ね、俺……もうツライ」

「……いれて、ライン……」

「……いい? 俺、抑えられるかわからない。優しくしたいのに……」

「おさえなくて、いい、よ……ラインのぜんぶ、ほしい……すきにして、いっぱい愛して……!」



 ぽろ、と涙を一筋こぼして椛が笑う。そのあまりの愛おしさに狂ってしまいそうになった。ラインヴァルトは溢れる想いを抑えつけながらもう一度そっとキスをして、椛に膝だちをさせる。ほぐしたところに十分すぎるほどに堅くなったそれの先端をあてると、椛の顔が期待に赤らんだ。



「あ、つい……」

「いい? いれるよ……」

「うん……」



 もう柔らかくなって滑りもいいはずのそこは、やはり初めて繋がるというときには臆病で、ちょっとだけ、いれるときにきつく感じた。見つめ合いながらゆっくりと深くまで進んでいくと、椛の唇から吐息が漏れる。



「あ、あ、あ……」

「ナギ……痛くない?」

「大丈夫……おっ、きぃ……ラインの、なか、いっぱい……」

「……、ばか、あんまりそういうこと言うな……がっつきそうになる」



 ぎゅっと自分の腕を握り締める椛を、ラインヴァルトは心配そうにみつめた。ぷるぷると震えながら、腰をおろしてゆく。辛そうな深い呼吸をしながらも、頬を紅潮させ、嬉しそうに目をきらきらとさせていた。



「あっ……」



 ぜんぶ、はいった。ぎゅ、ぎゅ、と不規則に締め付けてくる椛の中の感触すらも愛おしく思える。椛は満足したように微笑んで、ラインヴァルトは「よくがんばった」とでもいうように頭を撫で、そして抱きしめあった。



「ひとつに、なれた……」

「ナギ……俺、幸せ」

「ぼくも……ライン……すき……」

「……うん……ナギ……もう、好きすぎて、苦しいよ」



 また、キスをする。下が繋がったなかでのキスは、怖いくらいに気持ちよかった。幸福感に胸が満たされて、ただ、ゆっくりと舌を交わらせお互いの熱を感じ合うだけの、ゆったりとした深いキスだった。



「ふっ、……ぁ……」



 舌をまぐわせながら、抱き合いながら。ラインヴァルトはゆっくりと身体を揺すった。激しい抜き差しはなく、ただ身体全体をゆすられるだけだというのに、じく、と甘い痺れが下から這い上がってきて、椛は鼻からぬけるような声をあげる。硬くなったものがラインヴァルトの腹に擦れて、じんじんと熱くて、椛のそこからはたらたらととめどなく白濁液が流れでた。



「あっ、ん、んん、ふ、」

「ナギ……好き」

「あっ……!」



 ラインヴァルトがたまらず唇を離して、そう呟けば、椛のなかはぎゅうっとラインヴァルトのものを締め付け、口からは一層甲高い声が漏れてしまう。そんな椛の様子がほんとうに可愛くて可愛くて、ラインヴァルトはソレを言い続けた。



「ナギ……好き、好き……愛している、好き」

「ひゃ、あっ……ら、いん……まって、……あぁあっ……」

「聞いてよ、もっと聞いて……俺、ほんとうにナギのこと好きだから……ナギ……」

「ふぁ、あ、あ、ッ、んん、あぁッ……」



 白い喉を晒し、椛は身体の内に滞留する快楽を逃がすように嬌声をあげた。目の前のそのすべやかな喉に目眩を覚えてラインヴァルトはそこに唇を這わせる。ちろ、と舐めれば砂糖菓子のような甘みが舌先に広がってゆく。



「あっ、はぁッ、んぁ、ひゃん……」

「可愛い……ナギ、もっと、声ききたい……可愛いよ」

「や、ぁ……! はずか、し……ぁん……!」

「……じゃあ俺が出させてあげる」

「ーーあぁあッ!?」



 ラインヴァルトの瞳が僅かに情欲に塗れた。椛をしっかりと抱きしめると、勢いよく腰を突き上げる。突然の強烈な快楽に、椛は破裂音のようなあられもない声を発してしまった。



「あっ! あっ! あっ! あっ!」

「すごい……ナギ、すごい……」

「だ、めぇっ……! まってぇ……! らい、ん、おね、がい……!」

「だめ……ごめんね、ナギ……俺もう我慢できないよ」

「や、ぁあっ……いっちゃう……やだ、らいん……いっちゃう、からぁ……!」



 細い身体が頼りなくがくがくと揺さぶられた。揺れるたびにびくんびくんと跳ねる身体は、あまりにも淫靡で、あまりにも従順。快楽に脳を支配されてわけがらなくなって、それでも椛は必死にラインヴァルトにしがみつく。涙でぐしゃぐしゃに顔を濡らして、唇から唾液を伝わせて、みっともなく、喘ぎ続けた。



「いっしょに……いっしょに、いきたい、の……! だか、ら……らい、ん……とめて、いっちゃう……!」

「……ナギ……なんでそんなに可愛いの……でも、大丈夫だよ、俺がイくまで……何回でもイカせてあげる」

「あっ……そん、なぁ……! いじわる……らいん……いじわる……ひゃあんッ……!」



 まもなく、椛はひゅっと息を飲んで身体を強ばらせて、達してしまった。ぴっと背を伸ばし胸を反らし、ガクガクと身体を震わせた。そんな椛のようすがたまらなく扇情的でいよいよラインヴァルトの理性のタガが外れた。脳内にモヤがかかったように思考が壊れてゆく。椛の腰を鷲掴みすると、勢い良く腰を突き上げた。



「――あっ、ぅあッ、あ、あぁッ、」



 肉のぶつかる音が響く。壊れた人形のようにただただ揺さぶられるばかりの椛の口から、声が次々とこぼれてゆく。虚ろな瞳からは涙が流れて、それでも恍惚とした表情で、口元に笑みを浮かべて。抜き差しのたびに中が強くラインヴァルトのものを締め付けて、でていかないでと言っている風で、それがまた堪らない。



「あっ、あっ、――ん、ッ、……あぁああッ!」

「……っ、また、イッたね、ナギ……かわいい……」

「らいん、ゆるっ、して……あんっ、あぁっ、あ!」

「だって、ナギだって気持ちよさそうじゃん……ねえ、ナギ……だめ? もっと、もっと、俺でイッてみせてよ」

「――っ、う、ぁあ、おかしく、なっちゃう、らい、ん……きもちよすぎて、へんになっちゃう、よぉ……!」

「……なればいいよ……俺はもう、お前に狂っているよ」

「はぁあぅっ……!」



 イク感覚が短くなってきている。数回突いただけで椛は再びイッてしまった。トロトロに蕩けた椛のアナルがきゅうきゅうと収縮を繰り返している。くったりと身体の力が抜けた椛は、完全にラインヴァルトに身を預けて、揺さぶれるがまま、イかされるがまま、快楽に酔ってよがってそうしていることしかできなかった。



「……、ナギ、……俺、そろそろイキそう……」

「は、ぁっ……らいん、……イッて、……ぼくの、なかで……い、って……!」

「……いいの? ……なかに、出して……」

「だして……らいんの、……なかにいっぱい、ほし……」



 何度椛はイッたのか、ようやくラインヴァルトにも絶頂が訪れた。ラインヴァルトは再び強く椛を抱き寄せる。抜き差しをやめて、じっと全身を触れ合わせ、そして、放った。中にじわりと熱が広がって、陰茎がびくびくと揺れる感覚がたまらない。椛は融けたようにくたくたな表情をして、ラインヴァルトに縋りつくようにもたれかかった。



「あぁああ……らいん……」

「ナギ……」

「あつい、……きもちいい……」



 椛はそっと顔をあげると、ラインヴァルトにキスをする。子猫が戯れるかのような、唇を触れ合わせて、すりすりとすりあわせて、ちゅ、ちゅ、とつつくような、そんな拙いキス。そんな淡い熱でも、すごく幸せだと思った。ラインヴァルトは目を細めて、椛の頭を撫でる。



「ライン……僕、幸せ」

「……俺もだよ」

「……うん……幸せ」



 しばらく、繋がったまま抱き合っていた。キスをしたり、身体を撫でたり、そんなことをしながら愛し合った。日が落ちて、僅か肌寒くなった頃になって、ラインヴァルトが言う。



「ここから逃げよう」



 真っ直ぐに、力強く。しかし、椛はそれに頷こうとはしなかった。ラインヴァルトのことを信じることができないわけでもない、もちろん彼との幸せを望んでいる。椛が恐れていたのは、アウリール。もしも脱走が彼にバレたりしたら、ラインヴァルトがどんな目にあうことか。



「……だめ、です。アウリール様にバレたら、ラインが……」

「……俺はもう、ナギがアイツに虐げられることに耐えられない。おまえをここから出したいんだ、たとえ俺が危険な目にあおうとも」

「でも……」

「明日……この塔の下に馬車をひいてくる。昼間ならアウリールは気付かないだろう? 大丈夫、俺とここから逃げよう。そして、俺の城についたら、式をあげよう」

「……式?」



 まだまだラインヴァルトを制する言葉を言いたいところであったが、思わず椛はそこに反応してしまった。きょとん、とラインヴァルトを見上げれば、彼はにっこりと笑う。



「……結婚しよ」

「え」

「うん、俺と結婚して、ナギ」

「……だ、だめです!」


――結婚。



 その言葉に、胸が高鳴ったのを覚えた。この寒くて冷たい塔から抜けだして、暖かなお城でラインヴァルトと一緒に過ごせたら、きっとものすごく幸せだと、そう思う。



「……なんで?」

「……だって……僕は、子供を産めません」



 しかし、うなずきたい心を押さえつけたのは、自らの性別であった。今まで散々女のように抱かれた椛は、男と恋愛をすることに疑問を覚えたことがなかった。……ここにきて、初めて自分の性別を呪ったのだ。ラインヴァルトは一国の王子。子供の産めない男と婚姻することなど、許されるはずがない。



「……世継ぎが……生まれなくなります……僕と結婚したら」

「……ナギは俺と結婚したくないの?」

「……したい、です……ラインのこと、好きです。……でも」

「ナギがしたいなら、しよ。俺がナギを幸せにするからさ!」



 本当は結婚したい。したいけど、ラインヴァルトのことを考えると「はい」と言えない。泣きたいのを我慢して、椛は必死に否定を口にする。



「……ですから……! 貴方は王子なんでしょう!? 次の王子はどうするんですか、王家に子供ができないなんてこと、あってはいけません!」

「――いらないよ、世継ぎなんて」

「は……?」



――ジ



 瞬間、強烈な頭痛が頭にはしる。椛は思わず頭を抱えてうずくまる。今まで聞こえていたはずの小窓から入ってくる自然の声たちが一斉に消え、ノイズ音と心電図の甲高い心肺停止音のような音が響き、そして……視界が真っ赤に染まった。驚いて顔をあげた椛は、そこにいたモノをみて、悲鳴をあげてしまう。




――ジジ



「……、なんで、」



――そこにいたのは……椛。

 自分だった。しかし、その顔は血に塗れ、片目は抉れ、そして不気味に笑っている、というあまりにも今の自分とは乖離した、自分。




「……イラナイヨ、世継ギナンテ。ダッテ、キミノ幸セガ確定シタ瞬間ニ、コノ物語ハ終了スルンダカラ」




「――ナギ? おい、ナギ?」



 ラインヴァルトの声が聞こえる。瞬きと同時に、視界が元に戻る。目の前には、今の気味の悪い自分が現れる前までそこにいた、ラインヴァルト。何事もなかったように彼は椛に話しかけてくる。



「……ライン」

「……ナギ? どうしたんだよ、ぼーっとして……」

「え……ライン、ねえ、今……」

「ん? そうそう、続きな! ナギ!」

「……うん」

「……結婚しよ」

「え」

「うん、俺と結婚して、ナギ」

「――……!」



――戻った。

 先ほどの全く同じ会話を繰り返していることに、椛は気付く。そう、椛がラインヴァルトからのプロポーズを断る前の時空に、巻き戻ったのだ。ありえない現象に椛は混乱しながらも、どこか冷静だった。ここで先に進むには「YES」と言えばいい、その答えをすぐに頭は導き出す。



「……うん、ライン……結婚、しよう」

「……本当に!? やった、ナギ、愛してる!」

「……僕も……僕も、ラインのこと愛してるよ」



 声が震える。あのバケモノは一体なにを言っていたのか。本当にこのラインヴァルトという男は、生きた「人間」なのだろうか。その不安で胸がいっぱいになる。――もしかしたら、幻なのではないか。あのおぞましい空間と同質の、幻――



「ナギー! 大好き!」

「……っ」



 しかし、抱きしめられて、その不安が和らぐ。たしかに、今の今まで触れ合っていた、熱を感じ合っていた。腹の中にたしかに存在するラインヴァルトの出したものの感触も、すべて。確かにこの肌で、肉体で、実際に感じ取ったもの。

……幻なんかではない。



 おかしくなったのは、自分のほうだ。椛はそう思い直すことにした。ラインヴァルトの存在を疑った自分が莫迦なのだ。きっと、一瞬だけ眠りに落ちて、悪夢を見ただけに違いない。今まで知らなかった幸福を知って脳がびっくりしたのだ、そうに違いない。



「ライン……大好き」

「ああ! 俺も!」



 ラインヴァルトを好きだという気持ちは紛うことなき本物だから。椛はラインヴァルトの胸に顔を埋め、微笑んだ。芳しい腕にぎゅっと抱きしめられて、ああ、熱い、とそんなことを思う。



――まるで、夢のように、幸せだ。




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