Ending2


 卒業式の体育館の雰囲気は、なんとなく苦手だ。「いかにも」な雰囲気が。たくさんの生徒がこの日、別れに涙を流したんだな、と感じさせる華やかに彩られた体育館。こどもの成長を祝福する親たちが微笑ましそうに笑いながら見守っている、そんな雰囲気。卒業生以外の生徒はわりと卒業式というものを鬱陶しく思ったりもするが、実際に本番を眺めるときには一緒になって別れを惜しんだりする。

 沙良も別れを寂しく感じていた生徒の一人ではあった。ただそれを表にだすつもりは一切ない。波折とはあの日を境に決別していて、それ以降の付き合いはあくまで生徒会同士くらいの付き合いしかしてこなかった。ほんとうは「先輩、だいすきなんです」なんて言いたいけれど、彼の敵となる自分がそんなことを言ってはいけないと、沙良はそういった感情を一切顔に出してこなかった。そして、最後まで出すつもりはない。


『――卒業生、入場』


 アナウンスがなると、館内に拍手が沸き起こる。そして、バッハの曲が始まると共にガラッと重い体育館の扉が開いて卒業生が入場してきた。


「……!」


 卒業生の中に、波折がいた。胸に花をつけて、颯爽と歩いている。あの卒業生が付ける胸の花をみると、ああ、本当に卒業してしまうんだな、と感じて寂しくなった。

 卒業生が全員入場して、そして式が始まる。集会のときなんかは眠気を誘うだけだった校長の言葉なんかも、この日はなんだか穏やかに聞いていられた。やっぱり卒業式は特別なものだ。何もかもが眩しく見えて、哀しく見える。これからこの学び舎を巣立っていく卒業生たちは、裁判官になる者がいたり普通に大学に進学する者がいたり、就職する者がいたり。みんなばらばらの道に進んでいく。黙って祝辞を聞いている彼らは何を思うのだろう……そう思って卒業生たちの背中をみていると、こっちまで胸が苦しくなる。


『――送辞。在校生代表、二年・神藤沙良』


 何人かの来賓の祝辞の後に、沙良の送辞のときがやってくる。教室にいるときに結月にも言ったが、沙良はあまり緊張はしていなかった。原稿を読み上げるだけだ、と思うとそんなに気は重くない。ステージまで悠々とあがっていって、マイクの前に立つ。原稿を広げて、さあ読み上げよう――そう思った時。


「……、」


 卒業生の中の、波折を発見してしまった。

 生徒会にいるときには事務的な会話しかしていなかったし、波折が生徒会を抜けてからはもはや会話すらしていなかった。それなりの期間を離れて過ごしていたから、彼が旅立つこともそこまで哀しくは思わないだろう……そう思っていたのに、改めて見るとぶわっと様々な想いがこみ上げてくる。

 想いを捨てたわけじゃない。あの日からもずっと、波折のことが好きだった。彼の敵となって彼を救うのだと、ずっと心に留めていた。

 抑えていた想いが、じくじくと膨らんでいって心臓を破ろうとしている。想いが血を流して涙をつくって、そして瞳を潤している。でも、絶対に泣かない。悲しんでいる姿なんて、見せない。強く誓って、沙良は唾を呑み込んだ。


『桜の美しい季節になりました――』


 用意した文章は、特に誰かにあてたというものではない。卒業生みんなにあてはまるような当たり障りのない言葉を書いた文章だ。卒業生おめでとうございます、先輩たちのことを尊敬していました、先輩たちが卒業されてしまうのはさみしい、でも先輩たちの卒業を心からお祝いします……そんな内容。ただ、全ての卒業生に向けて書いた言葉ではあるけれど、そのなかに波折がいると思うとどうしても波折のことを考えながら読み上げてしまう。

 波折を初めてみたのは、入学式のとき。春の時期に二年として生徒会長であるという彼に驚かされた。

 波折と初めて話したのは、生徒会に入ったとき。近くでみるとオーラがすごくて、一緒に活動していくことに気後れしてしまうほどだった。

 波折と初めて一緒に学校に登校したのは、魔女に襲われたとき。意外と話しやすい人なんだ、と思って好感を抱いた。

 波折との関係が変わったのは――生徒会室でチョコレートを食べさせてしまったときだっただろうか。あの日から、全てが変わったような気がする。

 波折を初めて家に呼んだのは、魔女に妙な空間に飛ばされてしまったときか。初めて一緒に寝て、たしかそのときは背中合わせだったような気がする。

 波折にようやく想いが届いたのは……雨宮と話すようになったときだっただろうか。あのときは子供っぽいことをしてしまって波折を傷つけた。そしてそのとき、初めて波折と身体を重ねた。好きな人とセックスをすることがこんなに幸せなことなのだと、初めて知った。


『――いままで、……ほんとうに、ありがとうございました』


 声が震える。走馬灯のように次々と思い出が頭の中に浮かんできて、涙が溢れそうになる。

 好きだった。大好きだった。波折は自分の全てだった。

 必死に涙を堪えて、なんとか送辞の言葉を読みきって、お辞儀をする。その拍子に、とうとうぽたりと涙が落ちてしまった。でも、たぶん聞いている人たちには泣いてしまったことはバレていないだろう。泣きそうになったとすら、きっと思われていない。

 ステージから降りて、自分の席に戻ると隣の席の子が小さく拍手をしてくれた。「よかったよ」と笑ってくれるこの子はおそらく、沙良が泣きそうになっていることも気づいていない。


『――答辞。卒業生代表、冬廣波折』


 そして、答辞。やはりというかもはや当然のように代表は波折だった。波折はすっとステージにのぼっていって、原稿を広げ読み始める。今の沙良以上にポーカーフェイスの上手い彼だ、一体何を考えているのかわからないような、薄く微笑みを浮かべた表情で答辞を読み上げている。

 目も、合うことはなく。静かに波折の答辞は終わっていった。

 波折が、遠い存在のように感じる。一年前は身体を重ねた相手だということは、幻のようにすら思えた。――これで、いい。これから自分たちは敵同士。こうして見えない壁に隔てられた関係であることが、理想なのだ。

 波折が卒業して、校内で彼と会うことがなくなって。彼の面影を忘れたなら、この恋心は過去になるだろう。そのときを、待っている。青い想いを捨てたそのときに、自分は大人になっていくのだと――沙良は目を閉じた。

 卒業生の歌う大地讃頌が館内に響く。彼らの青春は終わりなのだと、その歌が告げていた。




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