▼ six(1)
借りっぱなしだったブルーレイを返すために白柳さんを家に招いたわけだが、当然の如く、返すものを返したらさようなら、というわけにはいかない。白柳さんは「お茶くらいいれてよ」と言って、するりと俺の家にあがりこんできた。
本当に、今日の白柳さんは珍しいと思う。白柳さんは俺を大事にしてはくれるけど、それだけだ。つかずはなれず絶妙に俺と距離をとって、俺が甘えたいときには甘えさせてくれる、そんな人。自分からここまで近づいてくることは、まずない。
嬉しい――のか、と問われれば、嬉しい。嬉しいけれど……あんまり彼と一緒にいると、離れたくなくなってしまうから、俺はあまり彼と一緒にいたくない。彼は俺にとって必要な存在だけど、傍にいてはいけない人だ。
「ブルーレイ、実は借りたその日に見ていたんですけどね、返すの忘れちゃってました。へへへ……」
「まったく……忘れてた俺も悪いけどよ。智駿の奴が貸せって言ってきたから、思い出したわ」
「そういえばこれの続編、映画でやるんですよね。今秋でしたっけ?」
「あ? そうなのか?」
「そうそう、ネットで流れてきたんですよね〜、たしか……」
ごく自然に、ソファで隣あって座っていると、そわそわとしてしまう。今日は絶対、いい雰囲気なんてつくらないからな、いつも俺が無理やり作ってるんだけど――! 悶々と考えながら、スマートフォンの入っているポケットに手を突っ込む。少し前ならば「一緒に映画行きませんか?」と言ったところだけど、今の俺にはたぶんできないだろう。
スマートフォンを掴んで、そしてポケットから出そうとした。そのとき、何かが転がりでてきて、床に落ちてチャリンと音をたてる。
「……ん?」
それを拾ってくれた白柳さんは、至極不思議そうな顔をしてそれを見つめた。拾われた、ソレを見て――俺は、ドキッと心臓が跳ねるのを覚える。
「……鍵? この部屋の鍵……じゃないよな。仕事場の……でもないだろ、非番の日にポケットに突っ込んで持ち歩くものでもないし……。これは、」
白柳さんが拾ったもの――それは、窪塚さんの家の、合鍵。
「――……っ、と、友達の家の鍵です。友達の家、職場から近いので結構寝泊りさせてもらってるんですよ」
「へえ。友達って、セックスフレンド?」
「……、な、なに言ってるんですかあ? あはは……」
誤魔化そうにも……やはり、ダメだった。白柳さんは、俺の嘘には騙されない。探る様子もなく、ストレートに確信をついてくる。
そもそも、誤魔化してなんの意味があるのだろう。白柳さんと距離をとりたいのだから、相手がいると言ってしまえばいいじゃないか。たしかに、俺のことを大切にしてくれた白柳さんに失礼なことかもしれないが、この関係をずるずると続けるわけにもいかないし、だからと言って先に進むつもりは毛頭ないし。
わかりやすく焦る俺の横顔を、白柳さんはじっと見つめてくる。じわりと冷や汗が出てくる。俺は何をこんなに恐れているのだろう。
「おまえ、そいつのこと好きなの? っていうか付き合ってたりする?」
「……い、いや、だから、そういうのじゃないので、……」
「あー……、いや、いいんだけどな。おまえが、ちゃんとした相手がいるならそれはそれで」
「……、は?」
「え、何」
キツイ言葉が飛んでくると思っていた。しかし、白柳さんは。穏やかな表情で、あっさりと引いてしまった。
彼の態度に、俺は頭の中が真っ白になる。
――ショックを受けて欲しかった、なんて。
「もっと……違うこと、言えないんですか。俺、アンタの知らない男に抱かれてるんですよ……?」
「――……、……俺が首突っ込むことでもないよな?」
「……っ」
自分で自分が何を考えているのかわからなくなった。
自由でいたいのに、ずっと羽ばたいていたいのに。だから、心を彼のもとに置きたくなかったのに。
「もう、白柳さんのところに戻ってこないかもしれないんですよ……? それでも、いいんですか……?」
「……戻ってくるのか、こないのか……それはおまえが決めることだ。俺が指図することじゃない」
「……白柳さん」
自分の想いと、願いが、反発し合う。白柳さんへの想いが「飛ぶな」と言う、飛びたいという願いが「想いなど抱えるな」と言う。今まで上手く振る舞えていたはずなのに、コントロールできなくなっている。
白柳さんも、今までの態度とそう変わらないのに、やけに彼の言葉が冷たく聞こえるのは、俺自身がおかしくなってしまったからだろう。いやに哀しくなってきて、泣きそうになって、俺はつい白柳さんに縋りついて自分でも無意識に言ってしまう。
「白柳さん、もっと俺を縛り付けてよ……」
prev /
next