甘い恋をカラメリゼ | ナノ
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「……帰っていい?」



 今日の講義が終了した俺たちが向かったのは、結城のバイト先のアダルトショップ。二人に引っぱられるようにしてここに連れてこられた俺は、今すぐにでも逃げたしたい気分だった。



「梓乃ちゃん、智駿さんは絶対ドドドドドエスだから! きっと梓乃ちゃんが叩いたくださいって可愛くおねだりすればビシビシ叩いてくれるよ!」

「要は織間さんがやりたがればいいんですよ! 織間さんがお願いすればきっと痛そうなプレイもやってくれますって!」



 だって、もう、二人して俺にSMプレイをやらせる気満々である。二人の(色んな)ネタにされるのをわかっていながらSMをやりたがる俺じゃない。

 でも渋る俺を気にもせずに二人は店の奥に入っていく。仕方なくついていけば、案の定SMコーナーの前まで来ていた。



「うはー、すげえ、SMっていっても色々あるなー。ろうそくってなにこれどう使うの? 梓乃ちゃんやってみたら?」

「いや〜彰人さん、ろうそくは結構マニアックッスよ〜おすすめしないっス。なんというか視覚的にグロい」

「グロい! それはだめだな〜」



 紅いろうそくを手に持ちながら、結城がだめだめと首を振っている。たしかにろうそくは見た目がちょっとやばそうな感じになる。彰人はたぶんSMの動画なんてみたことがないからわからないんだと思うけれど、うっかりみてしまった俺は結城の言葉に納得した。紅いろうそくは、溶かしたろうを体に垂らして使う。血しぶきが飛んだようになって、あまり耐性がない人がみると刺激が強い代物だ。……正直俺もやりたくない。

 ひえーと声をあげながら彰人は、他の道具を見始める。クリップやら猿轡やら、エグいものをみながらあわあわと目を回して、そしてようやく手にとったのがやっぱり鞭だった。まあこの店に来る前から鞭の話をしていたから、これがそもそもの目当てだったんだと思う。



「梓乃ちゃん、どれがいい?」



 彰人はにこっと笑いながらそんな風に聞いてきた。なんだか「買いません」っていう雰囲気でもなかったから、俺は仕方なしに並んでいる鞭を眺めてみる。でも、デザインはもちろん、種類もいろいろあってよくわからない。とりあえずよくみたことのある形をした鞭を手にとってみれば、結城がわたわたと止めに入ってきた。



「あー、織間さん! 初心者がそれ使うのはオススメしないっス」

「へっ、そうなの?」

「それ、一本鞭っていってめっちゃ痛いやつっす。はじめてならこっちのほうがいいかな
「もう全然わからない……」



 結城は色々と説明をしながら、何本も紐のついた鞭を俺に渡してきた。これがいいのかなんて俺はわからなくて、首をかしげるしかない。



「じゃあちょっと試してみます?」



 そんな俺に、結城が微笑みながらいくつかの鞭を見せてきた。えっ、と俺が鞭と結城の顔で視線を往復させれば、結城は俺と彰人を連れてバックヤードに向かっていく。

 バックヤードは倉庫になっているのか、たくさんの商品が置かれていた。アダルトグッズがこうやってきちんと管理されているのはなんだかシュールだなあと思いながら、結城の後ろをついていく。



「鞭は乗馬用鞭と一本鞭とバラ鞭がありまして」

「ほう」

「ちゃんと自分に合うやつ使わないと楽しめません」

「……なるほど」



 説明をしながら結城は三種類の鞭を俺たちにみせてきた。アダルトショップ店員の本領発揮といった彼の様子に、素直にすごいと思ってしまう。

 棒のようなものの先にベロのついた鞭、映画の拷問シーンなんかでよくみる一本の長いゴムのついた鞭、それから何本もの平たくて長いゴムのついた鞭。見せられても全然わからなくて、俺も彰人もぽかんと口を開けるしかなかった。



「じゃあ織間さん、腕だして〜」

「はあ」



 結城が俺に指示を出しながら、乗馬用の鞭らしいものを構える。試す、って腕を叩いて試すらしい。なるほどなあって思いながら俺はカーディガンの袖をまくって腕を出す。



「じゃ、叩くっスよ〜!」

「はーい」



 すっごく自分たちは馬鹿なことをしているなあと思った。ここまでくると面白くなってきてしまう。乗馬用の鞭とやらはどんなものなのかとドキドキしながら自分の腕に振り下ろされる鞭を見つめていたけれど……



「いッ………!」



 強烈すぎる痛みが走って、俺はうずくまりながら悶絶した。声にならないくらいの痛みだ。まるで皮膚が焼かれたんじゃないかと錯覚するくらい。彰人がびっくりしたような顔をして、俺のそばに寄ってくる。



「これ、一番痛いやつっす! 硬い皮膚をもつ馬を叩くやつっスからね! めっちゃ痛いんスよ〜! 超級ドエム向けっス!」

「……先に、言え!」



 SMなんて所詮プレイだから、って甘くみていた。本気で痛い。プレイにこんなガチの鞭使うの、ってびっくりしながら俺は涙を堪えていた。

 ぶるぶる震えて黙り込んでいる俺の顔を、結城が覗いてくる。よしよし、って頭を撫でられたから、その手をはたき落としてやった。



「やっぱり痛いのはダメっスね! 一本鞭も相当痛いですし、バラ鞭にしましょう」

「バラ鞭って……それ!? そんなに大量についてたら絶対痛いじゃん!」

「いやいや、叩く面積が広くなるんであんまり痛くないんスよ」



 怯える俺に結城が差し出してきたのは、何本もの平たいゴムがついた鞭。はたきみたいな形をしたそれは、結城曰く痛くないらしい。

 そんなこと言っても、怖いものは怖い。結城に腕を掴まれてその鞭を振り落とされる瞬間まで、俺はぎゅっと目をつぶっていた。



「んっ……」



 凄まじい音がした。パァン、と何かが破裂したような音。でも……痛みはそれほどない。その凄まじい音にびっくりした彰人が心配そうに顔を覗き込んできたけれど……音の大きさからは考えられないくらい痛みは少なかった。



「これ音鳴るわりには痛くないんスよ! エムだけど痛いの苦手な織間さんにはオススメっス!」

「……鞭をオススメされるのってなんか複雑」



 どうやら痛くないらしいバラ鞭。これでなら叩かれてもいいかなあ、とまたSMをしたい欲が湧き上がってくる。こういうので叩かれながら喘ぐのって、気持ちいいだろうなあって。口では乗り気じゃない風を装っているけれど、実のところバラ鞭がすごく欲しいと思い始めていた。

 結城はそんな俺の考えをすっかり読み取ってしまっているのか、バラ鞭の中からオススメらしい商品を持ってくる。パステルカラーの、あんまりがっつりとした見た目でないものだ。



「あー、梓乃ちゃん……これであの智駿さんに叩かれてアンアン言っちゃうのかあ」

「……やってくれるかわからないけど」

「智駿さんが梓乃ちゃんが嫌がることをしないってだけでしょ? 痛いの好きなんですって誘えばやってくれるよ。根本的にドエスなんだし」

「そっかー」

「その前に俺にも鞭で梓乃ちゃんのこと叩かせて!」

「え、ムリ。智駿さん以外に叩かれてもムカつくだけだし」

「あー、ちくしょう!」



 結局、俺はそのバラ鞭を購入することになってしまった。前に買った首輪と、この鞭。どっちも使えたら最高なんだけどなあ、と期待と不安が混ざったなんともいえない気持ちが胸の中に広がっていった。



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