第六幕 15

「せ、契さま……、あのっ……」

「う、うるさい! だまってろ!」



 ――絶景とはこのことを言うのだろう。

 氷高は唖然としながら目の前に広がる光景に目を奪われていた。契が氷高の上に乗っかり、顔を赤らめながら腰を揺らしているのである。所謂、騎乗位だ。積極的にセックスをすることがほとんどなかった契が、自ら氷高の上に乗って、自ら氷高のペニスを自分のなかに入れようと奮闘しているのである。



「んっ……んぅ……」

「契、さま……むり、しないでください、……」

「むりしてない! 俺がやるんだ!」



 契はなかなか中に入らないペニスになんども自分の穴を押し当てて必死に腰を揺らしていた。ぬる、ぬる、と先っぽが穴をこするたびに、びくびくと腰を揺らしながら。

 なぜ、こんなに必死になって積極的なセックスに臨んでいるのだろう……氷高は不思議に思ったが、興奮がそれを上回る。あの契が、自分に抱かれることに必死になっているのである。ゾクゾクしてしまうのも仕方ない。



「ぁうっ……ん、……」

「契さま……いれるときは、そっと俺のペニスを掴んでください。そして、ゆっくり腰を落として」

「う、うん……こう……?」

「……焦らないで。ゆっくり、ですよ。そう、そのまま……」



 契は自分から氷高のペニスを触るということがほとんどなかったため、支えるために少しだけ掴むということすらも恥じらいを覚えるようだった。きゅっと唇を噛み、涙目になりながら、氷高の指示に従っている。添えるようにペニスに指を添え、その上に腰を落としてゆく。とろん……と目を蕩けさせながら、乳首をつんと上向きに勃たたせ、氷高を中にいざなってゆく。



「あ、あぁあ……あ……」

「上手ですね……契さま。あとは俺が動きましょうか?」

「ん、……ううん、……俺がうごく……氷高は、みてて……」

「契さま……」



 奥まではいると、契はすぐにイッてしまったようだった。ぎゅーっと目を閉じ、びくっ、びくっ、と体を震わせながらなんとか耐えている。きっと、いつもならここで力尽きていただろうが……契はなんとか体を起こしたままだった。氷高の上にまたがったまま、イッたばかりのとろんとした顔をして氷高を見下ろしている。



「……ひだか……」

「あ、あの、……契さま……」

「見てて……俺のこと、……見てて、氷高……」



 契の挑発的な言葉に、氷高は顔を真っ赤にして目をちかちかとさせていた。言われなくとも契の淫らな姿は全て魂に焼き付けるつもりであったが、それを契の口から言われると頭がおかしくなりそうだった。契はどちらかと言えば恥じらうタイプだ。自分の乱れる姿を見てほしいなどと口にするような性格はしていない。

 本当に、今日はどうしてしまったのだろう。氷高は興奮と嬉しさの中に、いくつもの疑問符を浮かべていた。



「あっ……あっ……」



 しかし、契はそんな氷高の疑問を吹っ飛ばすくらいに、淫らに氷高の上で揺れて見せた。そう、淫らすぎるくらいに。腰をくねらせ、いつもよりも切なげな声をあげ、恐ろしいまでにいやらしく氷高の上で乱れて見せる。

 契がそこまでする理由は、そう難しいものではなかった。氷高にこうしていやらしい姿を見せているのは――そう、彼を自分のもとににつなぎとめるため。



「ひだかっ……あっ、あっ……ひだかぁ……」

「せつ、さまっ……」

「ぁんっ……あんっ……」



 契は、とにかく彼を自分のものにしたかったのだ。自分以外の人を、見てほしくなかった。けれど、それを口で言うことができないから、こうして氷高の心を奪おうとしているのである。恥じらいもなにもかもを捨てて、誰よりも淫らに、誰よりも彼にとって愛しい人になれるように。



(どこにもいかないで、……ひだか……俺の、氷高……)

「あっ……あんっ……氷高っ……氷高っ……」

「契さま、俺、動いても、」

「だめっ……だめだ、……もっと、俺のこと、見ろ……! もっと……!」

「でも、俺、もう、辛い、」

「じゃあ、俺がもっと動くから……! あっ、ぁひっ、あっ、あっ……!」

「契さま、無理、しないで、」

「むり、してない……! ぁんっ、あっ……氷高、氷高ぁっ……!」



 契は激しく腰を上下させて、快楽でぐずぐずになりながら氷高を見つめていた。しきりに、「ひだか、ひだか、」と彼の名前を呼びながら。

 しかし、契にはすぐに限界が訪れてしまう。いつもよりも奥に入る体位であることもあったが、氷高に見つめられながら乱れるということに自分自身興奮してしまっていたことも原因だったのかもしれない。快楽がどんどん蓄積していって、爆発しそうになって、契は思わずがくりと氷高の胸に額を押し付けてしまう。けれど、腰は止めない。ギシギシとベッドを軋ませる勢いで激しく腰を動かしていた。



「あっ、やっ……、いっ、イッちゃ……ごめっ……ごめんっ……氷高、まだイッてないのに、俺ばっか……」

「契さま、……んっ、……キツ、ッ……」

「あ、ひぃっ――ん……!」



 氷高のことをイかせてあげたい、そんな契の思いは叶わず、契は氷高よりも先にイッてしまった。甲高い声をあげ、体を収縮させながら、氷高にぎゅっとしがみつく。

 ギチギチ、と凄まじい締め付けに、氷高は目を眇めた。しかし、まだ達するには至らない。契もそれをわかっていたため、イッたばかりのくたりとした体で、また腰を揺らし始める。



「はぁ……はぁ……氷高……ごめん、……がんばるから、……少し、まって……」

「はぁ、……契、さま……もう、契さまが……」

「むり、なんてしてないから……俺がしたくてしてるだけ、だから……」

「……契さま、……でも、もう体が限界でしょう。息きらしていて、苦しそうですよ。だから、俺の指示に従って。大丈夫、さあ、体の力を抜いて」



 氷高は契が無理をしているというのがわかって、それ以上彼に騎乗位を続けさせられないと思った。正直、体が限界を迎えても自分をイかせようとしてくれる契の姿は大変そそるものであったが、そんなサディズムよりも今は自分のためにがんばってくれた彼を労わりたい気持ちの方が大きかった。しかし、だからといって氷高が動くというのも憚られた。それでは、契の努力を無駄にしてしまうからだ。



「いいですか。そう、楽にして。ゆっくり、おなかに力をいれていってください。……そう、上手ですよ。次は、力を抜いて。……うん。いいですね。それを繰り返して」

「んっ……ひだか、……こんなので、気持ちいい、の……?」

「ええ。ほどよく、締め付けがあって、気持ちいいですよ。……さあ、俺がイクまでそれを繰り返して」

「……うん。氷高……」



 契は氷高に支持されたとおり、お尻に力をいれてその締め付けだけで氷高のペニスを刺激した。慣れないことで上手くできているのか自信はなかったが、きゅう、きゅう、となんとかなかを収縮させてやる。契が不安げな様子だったからか、氷高は「ちゃんと気持ちいいよ」と伝えるべく、いつもはほとんど出さないでいた喘ぎ声をだしてやった。



「ん……上手ですね、契さま……さすが、俺のご主人様……んっ……」

「氷高……」

「ふふ、可愛い……」



 契は氷高に褒められることが嬉しくて、顔を蕩けさせる。そのまま、甘えるようにして氷高に口づけた。氷高は優しく契の頭を両手で撫でてやりながら、キスを深めてゆく。



「ん……ん……」



 契のなかは、イッたばかりだったため敏感になっていた。一度波はひいたものの、またすぐに波がやってくる。氷高のペニスを締め付けているうちに、自分も気持ちよくなってしまったのだ。キスの多幸感も手伝って、少しずつゆっくりと、絶頂へ近づいてゆく。

 二人の息が荒くなってゆく。じわじわと締め付けの力が強くなってゆく契のなかに、氷高も一緒に絶頂に向かっていった。キスをしたまま、息を荒げて、ゆっくり、ゆっくりと……昇りつめてゆく。



「んっ……!」

「〜〜っ……!」



 ぎゅうっ、とお互いを強く抱きしめた。そして、二人一緒に、絶頂へ達する。

 どくんどくん、と氷高が吐精する感触を、契は感じていた。しかし、キスはやめなかった。止められなかった。あまりにも幸せな気持ちになってしまって、ずっと氷高とキスをしていたかったのだ。



(よかった……氷高のこと、イかせてあげられた……氷高……これから、俺のこと……ずっと好きでいてくれるかな……)

(なんて愛おしいんだろう、契さま……これ以上俺のことを虜にするつもりなのか)



 キスをしたまま、見つめ合う。氷高は契の頭を掴む手をはなそうとはしなかった。彼の口を、塞いでおかねばならなかった。







――その目を見て、貴方の心に気付かないほど俺は莫迦じゃない。

けれど、俺は浮かれるよりも、恐れている。

もしも貴方が俺にその口から紡ぐ言葉で呪いをかけたなら、俺の魂は何度生まれ変わっても貴方のもとへたどり着くだろう。

地獄の果てまで、貴方を追いかけるだろう。

それほどまでに貴方に心酔してしまいそうな自分が、恐ろしい。

愛ではない狂気となり果ててしまいそうな、自分の弱さが恐ろしい。

だから、まだ、貴方の口からその言葉を聞くわけにはいかない。

貴方を愛する強さを手に入れるまで、待っていただけませんか。



私だけの、ご主人様。




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