第六幕 12
「氷高さんって映画がご趣味なんですよね! どんなジャンルの映画観るんですか?」

(俺の趣味の情報どこから仕入れたんだろう……)
「わりとなんでも観ますよ。ヒューマンドラマ的なものが特に好きです」

「あ! ショーシャンクとか好きなんですもんね! 私まだ観たことないなぁ……氷高さん、私に何かオススメありますか?」

(なんで好きな映画まで知ってるんだろう……)
「オススメですか……カレンさんの好きなジャンルはなんですか? 恋愛もの?」

「スプラッタです!」

(エェエェエ……)
「そ、それなら……」



 アーケード街を歩いたり、一緒に服を見たり、氷高とカレンはなんだかんだとデートらしいことをしていた。気づけば日も落ち始めていて、氷高は時計をみてギョッとする。時が経つのも忘れていたということは、カレンと過ごすことを楽しんでいたということだ。

 カレンは、氷高に気に入られたい一心なのか、必死に氷高にペースを合わせてきた。くるくると表情を変えながら頑張って氷高を楽しませようとしているその様子をみて、氷高も悪い気になるはずもない。ツッコミどころだらけではあるが、可愛いと感じてしまって、自分自身が嫌になる。



「氷高さん!」

「えっ、あっ、はい」

「氷高さん、私、あれ食べたい! 買ってきてもいいですか?」

(ち、チーズバーガーフライ……!? チーズバーガーを丸ごと揚げている……!? 考えただけでも胃もたれしそうだ……)
「あ、……あれくらいなら奢りますよ」



 チーズバーガーフライを頬張るカレンを横目に、氷高は自分の気持ちを整理していた。

 彼女は、可愛い。自分をこんなにも好きでいてくれる人のことを、愛らしいと感じずにはいられない。それが、どういう感情なのか――氷高は気付いていた。

 今の自分は、少し前までの契と同じだ。

 行き過ぎなくらいの好意を向けられて、困惑しながらも突き放せない。まっすぐな好意を受け入れられずとも、嬉しいと思っている。

 彼女は、過去の自分。そして氷高は過去の契。カレンは氷高に、あまりにも似ていた。



「……氷高さん」

「はい?」

「何を考えているんですか?」

「え?」

「いえ……私のことを見つめながら、にやにやしてるから」



 カレンの言葉に、氷高はハッと我に返る。カレンは唇の端にケチャップをつけながら、戸惑ったように氷高を見つめていた。氷高は苦笑しながらカレンにティッシュを差し出して、彼女に悟られてしまった心の内を吐露する。

 ここで、隠してはならない。今自分が考えたことを彼女に伝えることが、精一杯の誠実のように感じた。



「……カレンさん。カレンさんは、今まで誰かを好きになったことがありますか?」

「えっ!? えっ……あー……えっと、彼氏、ならいたことありますよ。うーん、……好き、かはわからないんですけど。どうして?」

「……俺、今まで生きてきて、誰かを好きになったことなかったんです。最近、ようやく……好きって何か、知りました」

「――……。今までは、好きな人いなかったんですか?」

「いた、けれど。自分自身の気持ちに気付くことができないでいた」



 カレンはケチャップを拭きながら、チーズバーガーフライの最後の一かけらをぱくりと食べてしまう。おそらく千カロリーは優に超えている化け物フードをぺろりと食べてしまったカレンに氷高は唖然としてしまいそうになったが、今はそれどころではない。カレンも、油の塊を食べた直後とは思えないくらいに、澄んだ瞳で氷高を見つめている。




「憧れて憧れて、大好きでたまらない人に恋をしたとき、人ってすごく臆病になる。自分なんか……って自分を卑下するようになる。だから俺は、その人のことを好きなんかじゃないって自分に言い聞かせていました。その人に恋をすることすら、罪深く感じていたから。そうやって過ごしてきた、19年間。俺は気付いていなかったけれど、……すごく、苦しかったのかもしれません」

「……苦しかったんですか?」

「告白、したんです。最近、その人に。「愛してる」「好きだ」、そうはっきりと伝えました。そうしたら――世界が変わりました。世界が輝いて見えました。この輝きを知らなった今までの俺は、すごく、不幸だったんだなってそう思いました。恋が叶う叶わない……そんなことじゃなくて、その人に恋をすることを自分自身が赦した、それが、あまりにも俺の中で大きなことだったんです」



 カレンの瞳には、小さな、光が宿っていた。それは涙がにじんだことによって生まれた光なのか、それとも違うものなのか。ただたしかなのは、カレンは絶望していなかった。氷高から紡がれる言葉に、氷高への恋は叶わないものなのだと知ったはずなのに、カレンは悲しんでいなかったのだ。

 じっと氷高の話に耳を傾けて、瞳を揺らしている。



「カレンさん。貴女は、とても俺に似ている。似ているからこそ、貴女には幸せになって欲しいと思っています。カレンさん、貴女は……俺のことを、どう思っていますか」

「――……」



 「付き合いたいのか」。そう尋ねても、はっきりと答えることができなかったカレン。彼女は、過去の氷高のように、「付き合ってはならない」相手に恋をしてしまった。それがどんなに苦しいことなのかを知っている氷高は、そんな彼女を放っておけなかった。

 カレンは氷高の問に、ふっと視線を落とす。先ほどまで騒いでいた彼女とはまるで別人のように。



「氷高さん。氷高さんは、こう言いたいんですね。私は、昔の氷高さんのように、氷高さんのことが好きすぎて恋することができていない。だから……辛いだろうって、そう言いたいんですね」

「……はい」

「そう、ですね。たしかに……氷高さんのことを考えているときは、自分のことを悪く見ていたかもしれない。すっごくかっこいい氷高さんの隣に、私なんかが立っていていいのかな。氷高さんみたいな素敵な人の時間を、私が奪っていいのかな。氷高さんのことを考えているときはすごく楽しかったけれど、無意識に、自分を否定していたかも。それって、よくないですよね」



 カレンが、ふっと立ちあがる。そして、氷高の前に立った。氷高が彼女を見上げれば――彼女は、にこっと笑って、そして、一筋の涙を流す。



「でも、今は――すがすがしい。そういうの、今は全くないんです」

「え――?」

「氷高さんに失恋した瞬間、私、氷高さんに恋をしたみたいです。なんだか……今までかっこいい、素敵、紳士的って、氷高さんのそういう一面にひたすらに憧れていたけれど、氷高さんもそうやって恋愛するんだなって思ったら……氷高さんも、普通の男の子なんだなって。そう思ったら、すごく氷高さんのことが、魅力的に思えました。そして、そんな氷高さんの心をガッチリつかんじゃった人が、羨ましい。……そう、羨ましいんです。私も、氷高さんの彼女になりたいんです。そこで、「やっぱり」って諦めが生まれたんじゃなくて、私、その人に嫉妬したんです」

「……カレンさん」



 カレンは泣いているのに、笑っていた。まぶしい笑顔だった。

 

「氷高さん! 私、氷高さんのことが好きです! 氷高さん……貴方の気持ちを、私に教えてください」



 


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