閑話休題 6

「ぁ、……んっ、う、ん、」


 ケダモノ、と氷高が自分で言ったその言葉は、全くその通りであった。主人と執事という立場から解放された氷高がここまですごいのかと、契は目を回してしまっていた。

 キスだけで、すでに契は限界に追い込まれていたのだ。がっちりと頭を掴まれ、そして深いキスをされる。じっくりと味わうように舌をねぶられ、唇を食べるように吸われ、それはまるで寵愛するように。

 契は必死についていこうとしたが、全くそれはかなわない。氷高に教え込まれた今までのキスとは、違いすぎた。


「あっ……ぅ、……」


 解放された瞬間、契の体からがくんと力が抜ける。はー、はー、と吐息の漏れる唇から、たら、と唾液が伝っていく。氷高は遠慮なしにそれを舐めとると、また、契の唇に噛み付いた。


(う、うそ……もう、無理だって、ひだか……むり、……でも、きもちいい……)


 いつもと違うキスに、すでに契の体はくたくただ。しかし、契は逃げようとはしなかった。氷高がこうなれるのは、今日だけだ。氷高の押し込んでいた想いに応えてあげられるのが今日だけだと思うと、逃げることなどできなかった。


「う、……」


 唇がふやけそうになるまでキスを堪能されて、契は熱で浮かされぐったりとしてしまう。やはり、いつもよりも明らかに激しい。契のことを食らわんとする勢いでキスをしてきた氷高に、契はどきりとする。彼がいつもこんなにも激しい劣情を抑え込んでいたのかと思うと、頭を撫でてあげたくなった。


「契……」

「ん、……」


 契の名を呼ぶ氷高の声色に、じっとりと熱が絡んでいる。はあはあと荒げる吐息は、野生的。ギラギラとした瞳はケモノのよう。

 見下ろされ、契は心臓がバクバクと音をたてるのを感じた。氷高の熱視線が、胸を刺す。

 もっと。もっと……激しく求めて欲しい。燃え滾るような熱いものを、注ぎ込んで欲しい。


「あっ、……ぅ、んっ……!」


 しっとりと熱くなる契の肌に、氷高が吸い付いた。首筋にちくりと痛みが走って、契はビクッと体を震わせる。

 氷高が――首に、痕を残そうとしている。


「……痛く、ない?」

「はを、……」

「「は」?」

「歯を、たてて……ください……痛くしてもいいから、……氷高さまの痕、……思い切り、つけて……」


 はあ、と氷高の吐息に熱が帯びる。

 氷高は苦しむように眉間にしわを寄せ、そしてそのままもう一度契の首に唇をつけた。そして……ぎ、と歯をたてる。ぎち、と強めに咬めば、咬んだ部分が熱くなってゆく。


「あっ……あっ、」


 痛かった。咬まれたところから、やけどをしてしまいそうだった。しかし、契は切なげにまつ毛を震わせて、悦びの声をあげる。

 氷高に所有の証をつけられることが、たまらなく嬉しかったのだ。以前、一回だけキスマークを付けられたことがあったが……それ以降、そういったことをされたことがない。氷高は、なかなか契を求める気持ちを表に出せないので、できないのだ。だから……その独占欲むき出しの行為をしてくれることが嬉しい。氷高が激しく求めてくれているとその痛みが証明しているようで――狂おしい。


「はあ、……痕、が、……」

「もっと、……氷高さま……もっとつけて……」

「契、……、ん、」

「っ……あ、……! あ、……あ!」


 もっと、もっと……今日だけは、何もかもが赦されるから。

 契はビクッ! ビクッ! と体を震わせながら、氷高のマーキングを受け入れた。熱と痛みと快楽で、理性が吹っ飛びそうだった。


「……契、」

「あ、……」


 契の首から口を離し、氷高は自らがつけた痕を見つめる。くっきりと残った歯型は少し鬱血していて痛々しい。

 氷高はその痕に指を這わせた。それを見つめる氷高の目にはゆらりゆらりと炎が宿っていて、毒々しいほどの劣情に契は体の奥が震えるのを感じた。


「は、ぅッ……あ、……あ 」


 再び、氷高が契の首筋を咬む。そして、同時に秘部に指をいれてきた。ゾクンッ、と電流が全身に走って、契は仰け反り声をあげてしまう。


「あっ、んっ、ぁ、あ」


 痛みと快楽と、そして業火のような独占欲。溢れかえるほどの熱を与えられ、契は頭が真っ白になった。狂いそうになった。しかし、氷高の抱えてきたものを受け止めたいという一心で、必死に意識を繋ぎ止める。氷高の背に爪をたてて、肩口に噛み付いて、ぎゅっと氷高にしがみつく。を真っ赤に紅潮させ、瞳を潤ませて、ギリギリのところで耐えていた。


「〜〜……ッ!」


 氷高の指が、契のいいところを捉える。ぎゅうっと強くなった締め付けに、氷高は契の弱点に気付く。指を折り、集中的にそこを責めあげだした。


「あっ、ひ、ぅっあ、」


 契の声がひっくり返って、儚く甘ったるいものへ変化する。きゅ、きゅ、と何度も氷高の指を締め付けるソコは、すでに達してしまいそうだ。しかし氷高は遠慮することなく、契の全身を揺らすような勢いで手を動かしてくる。

 思わず契が腰を引くと、ぐ、と契の頭を鷲掴みするようにして、氷高は契をホールドした。放さない、と言わんばかりの氷高の行動に、思わず契はきゅんとしてしまう。


「好き、」

「……ッ、」


 責め立てられるなかで、契は氷高の絞り出すような声を聞き取った。頭の中がぐちゃぐちゃで、その言葉の意味を理解することすらも難しかったが、声の色でその言葉に込められた感情を感じ取る。

 懇願するような、祈るような、そんな愛の言葉は。どんな状況でも変わらない、氷高から契への想いだ。こんなにも切なげな「好き」を、契は他に知らない。ぎゅっと胸が締め付けられるような愛おしさを覚えた。


「あっ……」


 昇りつめ、辿り着くその寸前で、氷高が指を引き抜いてきた。ひゅ、と熱が引いていく寂しさに、契は熱を追いかけるように声をあげる。しかし、すぐに熱はやってくる。


「あ、う……」

「契、……」

「あ、あ、あ……」


 氷高が、自身をぐずぐずになった契の秘部に押し当ててきたのだ。じり、じり、と少しずつ熱を契のなかへいれてゆく。

 もどかしい。

 今すぐにでも貫いてくれればいいのに、氷高はなかなか錠を断とうとしない。契を掻き抱く氷高の口から洩れるのは、何度も繰り返される契の名前。大好きなのに求めることを赦されなくて、でも今だけは赦されて……そんな氷高のぐちゃぐちゃになった契への恋心。契の名を呼ぶその声に、痛いほどの氷高の感情が滲んでいた。


「はあ、……ひだか、……さま……きて、……」

「……、契、」


 今は、氷高の方が立場が上だと言ったじゃないか。

 どんなに契が氷高を主人という立場に押しやっても、氷高の魂に根付いてしまった執事の性は拭えないらしい。そんな氷高という人間を契は知っていたから、こうして苦しむ氷高を愛おしいと思った。

 今まで、おまえは苦しんできたんだよな。ずっと、自分を殺してきたんだな。ああ、馬鹿なやつ。せめて、今だけは何もかもを忘れてしまえばいいよ。月にあてられたように、狂ってしまえ。


「……ッ!?」


 理性と本能の狭間でもがき、なかなか奥まで押し込んでこようとしない氷高に焦れて、契は自ら腰を氷高に押し付けた。びく、と震えて驚いた氷高は、唖然と契を見つめる。


「はやく、氷高さまのものにしてください。こんなに、待ってるんだから」

「……ッ、あ」


 氷高の瞳に、ちかちか、と星が散る。そして、氷高は泣きそうに顔を歪ませたかと思うと、はあ、と大きく息をついた。


「――……ッ、〜〜ッ、ぁっ!」


 ぐんっ、と氷高が強く腰を打ち付ける。奥まで達すると、そのままぐりぐりっと強く腰を押し込んできた。

 ゾクゾクッ、と契の全身に甘い電流が走る。真っ白な世界に引きずり込まれていくような感覚に、契は恍惚と表情を蕩けさせて悶えた。

 繋がった場所が熱くて、みち、とソコに氷高がいるという感覚が伝わってきて。氷高とひとつになっているという感覚に、酩酊感を覚える。こうしている間、彼は何を考えているのだろう……そう考えると、たまらない気持ちになる。真っ直ぐに、一途に、叶わぬ想いと諦めを抱きながらこうしてくる彼を、どうして愛おしいと思わないでいられるだろう。契はぎゅっと優しく氷高の頭を抱くと、脚を氷高の腰に絡めてぐんっと自分の体に引き寄せた。


「……ッ!? 」

「アッ……」


 ずぶん、と氷高のものが最奥を穿ち、契のなかがギチッと氷高のものを締め付ける。突然の刺激に驚いた氷高は思わずひゅ、と息を呑み、契はそんな氷高を笑った。


「……く、……もう、俺……」

「……うん。」

「……、もう、……」


 契の煽りは、氷高を大きく揺さぶったようだ。氷高は熱を蕩かした瞳で契を見つめ、悩まし気に眉を寄せて、熱い吐息をこぼしている。

 もう、迷う隙など与えない。もう、抑制なんてさせない。ギリギリで踏ん張る氷高に、契はもう一度腰を擦りつけて見せた。いつもなら……絶対にこんなにはしたないこと、しない。けれど、今日は氷高が主人という立場になれる特別な日。今日を逃せば、もう二度と氷高は自分の本物の本能を曝け出してこないだろう。契はそれを不安に思い、いつもよりも大胆な行動にでたのである。にちゅ、にちゅ、と結合部からいやらしい音がして、そしてゆれる腰はねばねばといやらしく揺れている。

 はあ、はあ、と氷高の吐息が荒くなっていって、徐々に氷高も体温が上昇してきたらしい。契が切なげな顔をして腰を振っているところを見て――氷高が平気でいられるはずがない。


「もう、だめ、……契。欲しい、……あなたが、欲しい……」

「……うん。いいよ。貰って」

「契、さま……」


 ぷつん、と氷高のなかの理性の手綱が切れる音を、契は聞いた。つるりと氷高の瞳から涙の雫がこぼれ落ち、それがぽたりと契のに落ちる。


「あッ……、!」

「契、さま……好き、好きです……好きです……」


 氷高が想いが決壊したように、涙を流しながら腰を揺らし始めた。契の体をぎしっと強く抱きしめ、自分の腕に閉じ込めるようにして。


「あっ、はぁッ、……ん、あっ」


 ずんっ、ずんっ、と奥を貫くようにして氷高は契を突き上げる。それはまるで体の内側から支配したいという意思が感じるほどのものだった。一突きごとにベッドが大きく軋みをあげ、契の体が揺さぶられる。抗いようのない快楽が契の脳天を突き抜けて、契はたまらず甲高い声をあげてしまう。
 

「あっ、ひっ、あっ、あっ」

「契さま、契さま……俺の、契、さま」

「……ッ、」


 泣き、ひっくり返る氷高の声。契に向かって祈っているような、切ない声。その声に、契は胸がじんと痺れるような感覚を覚えて、はあ、と大きく息を吐く。目を閉じて、与えられる快楽を受け入れながら、きつく氷高を抱きしめた。


「氷高……」


 繰り返される律動と、熱を帯びてゆく声。いつのまにか二人は主人も執事も忘れて、無我夢中で相手を求めていた。

 氷高は次第に昇りつめていき、耐えるように、くっ、と唇を噛み締める。彼の詰まる吐息にそれを感じ取った契は、ふっと笑って氷高の髪をくしゃりとかき混ぜた。そして、契の体もまた……氷高への愛しさに共鳴するように、きわまで熱が膨れ上がってゆく。


「あっ、……は、……おいで、氷高」

「……ッ、契……さま、……」


 爆ぜた瞬間に、契は脚でぐっと氷高の腰を引き寄せた。氷高はそれに抗えず、誘われるままに契の最奥に種を植え付けてしまう。しかし、感情のままに契を抱き潰した氷高であったが、その顔に後悔も懺悔も浮かんではいない。

 氷高ははあ、と息をついて、契の胸に頭を乗せる。そして、契に優しく頭をなでられると、また一筋涙を流して、しゃくりをあげた。「ひだか」と契が呼べば、氷高が顔をあげる。そしてそのまま、優しい瞳に誘われるように――唇を重ねた。




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