第六幕 2
「――契さま。お隣よろしいですか?」

「お、おう」



 屋敷に帰り、勉強を終え、契は居間でくつろいでいた。そこへ、飲み物を持った氷高がやってきて、隣に座る。

 もう、時刻は夜10時近く。執事の仕事も終えた氷高は、部屋着に着替えていた。執事服以外を身に着けている氷高がこっそり好きだった契は、そんな氷高が隣に座ってきたことにドキリとして体をこわばらせてしまう。氷高はそんな契の様子に気付いていないのか、すまし顔でティーポットから飲み物を注いでいた。用意してくれた飲み物はホットミルクのようだ。

 「どうぞ」と言われ、契はティーカップを受け取った。ホットミルクを一口の飲めば、優しい味が口の中に広がる。絶妙に加えられたはちみつがまた体に染み渡るようで、一瞬にして体がほっと落ち着くような心地になる。契は気持ちよくなったままに、ゆっくりと、氷高に体を寄せた。そして、こて、と氷高の肩に頭をのせてみる。



「せっ……契さま」

「なあ……氷高」

「はいっ、?」



 綺麗な手で、ティーポットを扱っている氷高がかっこいい。契は氷高にきゅんとしながらも、一緒にこみあげてきたもやっとした気持ちに瞳を陰らせる。



「あのさ……氷高にとって、誰が世界一可愛い?」

「えっ――……」



『――私、マサトくんのことが好きなの……!』

「……あ」



 どうしても、気になっていたこと――契がそれを聞いた瞬間だ。テレビで、突然女性の告白シーンが流れる。ぎょっとして契が顔をあげればそこには――……



「あ、天樹カレン……」



 そこに映っていたのは、天樹カレンだった。

 放映されているのは、毎週放送されている恋愛ドラマだった。若い人たちに人気の、胸キュンドラマらしい。先週、告白のシーンで終わったらしく、そのシーンから今週はスタートするようだ。



(今の俺の地雷……!)



 天樹カレンは、とてもかわいらしい。このドラマではデザイナーの女性の役をしているらしく、おしゃれで華やかな女性として映っている。いつもの契なら「可愛い」と流し見ていたところだが――今日は違う。

 契は恐る恐る、氷高の顔を見上げてみた。今日、氷高にアプローチしてきた人気女優がテレビに映っている。氷高はいったいどんな反応を――……



「……あまり演技が達者ではないみたいですね」

「……! だっ、だよな〜! やっぱり可愛いだけっていうか〜!」

「でも、惹き込まれる演技です。私は好きです」

「……ッ、〜〜○▽×■!!!」



 顎に手を当てながら、まじまじとドラマを見ている氷高。その目を見れば、契はわかってしまった。

 氷高は、天樹カレンに興味を持っている、と。

 しかも――……。まだ、容姿を可愛いというくらいなら、よかった。氷高が天樹カレンの演技を褒めているというのが、契はものすごく嫌だった。氷高は、映画監督になりたいと言っていた男だ。役者の演技にも、もちろん造詣が深い。そんな氷高がその役者の演技に興味を示すということは――相当、役者に興味があるということだ。氷高は、天樹カレンに強い興味を持っている。



「……氷高。あのさあ。もし、おまえが監督だったとするよ? 天樹カレンと仕事したい?」

「ええ、そうですね。彼女だったら、ぜひ。きっと、一生懸命に私と作品を作り上げてくれそうです」

「……じゃあ、俺は?」

「え?」

「もし、俺が俳優だったら? 氷高は、俺と仕事したい?」

「契さまが俳優ですか? え〜と……うーん。う〜ん。それは……どうでしょう……」

「……もう寝る。おやすみ」

「えっ? 契さま!?」



 ――俺が俳優だったら?

 馬鹿なことをきいた、と契は後悔した。実際に女優である天樹カレンと、俳優でもなんでもない自分。比べられるはずがないのに、氷高に比べさせるようなことを聞いて……そして、勝手にショックを受けてしまった。氷高のような、一度は本気で監督を目指したことがある人間が、演技をしたこともない契の監督になりたいなどと軽率に言うわけがない。それをわかっていたのに……天樹カレンに興味を抱いている氷高を見ていたらむしゃくしゃとしてしまって、契は自ら自分の傷つくような答えを氷高に吐かせてしまったのである。

 突然ふてくされてしまった契に驚いた氷高であるが、契はもう氷高の顔もみることができず――彼の制止を無視して、自分の寝室に向かっていってしまった。




 


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