トイレの鏡をみて、詠はため息をつく。伊知の言葉を思い返しながら、自分の心の中にあるもやもやとした霧を感じていた。あまり……このもやもやに、向き合いたくない。このもやもやの正体に気づいてしまったら、自分で自分を憎んでしまいそう――



「おや、どうした詠。こんなところで白粉なんてぬって」

「……白百合さま」



 もやもやを、他人にも悟られたくない――そう思っていればいつのまにか詠は自分の頬に白粉をつけていた。化粧のよれなんて大したものではないのに。こんなにつけても厚塗りになってしまうだけなのに、無駄にぬってしまう。

 白百合はそんな詠を見て、それはそれは愉しそうに笑った。ぬっと詠の肩から顔を覗かせると、くいっと顎を掴んで鏡を見つめる。



「見せてやればいいじゃないか、この醜い顔を」

「……え」

「知られたくない想いを抱えているんだろう? くく、どうだそれを織に見せてやれ。いつまで「心優しい少女」を演じているつもりだおまえは」

「なっ――ど、どういう意味です!」



 詠は白百合の言葉を聞くなり、顔を青くして白百合を突き飛ばす。白百合は顔色も変えず、笑うばかり。



「そなたはなぜ織のそばにいる」

「……もとは碓氷家の方々に頼まれたからです。でも、今は織さまのことをお護りしたくて、」

「なぜ護りたい」

「……お慕いしているからです。私にとって織さまは大切な」

「――はっ、」



 白百合の問いに、詠は静かな声で答える。視線は、上の空。白百合はそんな詠をみて吐き出すような笑い声をあげた。



「また愛らしい乙女のようなことを言う! そなたは自分の力を認めてもらいたいだけだろう! 織……彼しか自分のことを認めてくれないから奴のそばにいるだけではないのか!」

「ちっ……違う!」

「そしてそなたはそれを自覚している。織を自分の承認欲求を満たす道具にしていると」

「違う、違います! 私はただ、織さまのそばにいたくて……」



 詠は息をきらし叫んだ。吐き掛けられる、目を逸らしたいモノを必死で否定する。

 白百合はただただ嗤う。その動揺こそが答えだと言わんばかりに。つい、と詠に近づき、仮面の奥を覗くように顔を近づける。く、と息を飲んだ詠はたまらずたじろいだが……次の白百合の言葉にカッと顔を赤らめた。



「嘘をつくなよ、『鬼の子』」



――恐ろしい力、おまえは本当に私の子なのかしら。

――近づくな『鬼の子』! 恐ろしい化け物め!



「――黙りなさい!」



 詠は白百合に平手打ちをかまし、叫ぶ。激情した詠を白百合は道化をみるような目で見ていたが――すぐにその余裕は崩される。

 詠は涙の浮かんだ瞳で白百合を睨みつけると、言ったのだ。



「神様だからって私のことをわかったつもりでいるの!? 偉そうなことを言わないでよ、貴女だって――貴女だって、人間に忘れられたくなくて邪神になった、さみしがりやのくせに!」

「――ッ」



 白百合の顔から、まるで冷水でも浴びせられたかのように血の気がひいてゆく。
 
 詠が昨夜みた夢。あれが本当に白百合の心を覗いてしまったものなのかなんて、詠にはわからない。しかし、自分の傷ばかり抉られて頭に血が昇ってしまった詠は、うっかりあの夢のことを言ってしまった。そして……言った直後、後悔する。

 しかし、謝らなかった。涙がぼろぼろと溢れてきて止まらなかった。



「……失礼します」



 詠は逃げるようにしてトイレから立ち去ってしまう。

 白百合は――そんな詠の背中を見つめ、呆然と立ち尽くしていた。
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