十一


 三人は小屋の中へ移動し、扉という扉を完全に締め切った。小屋の中は特に寝床というところもなく、ここで体を交えるのはなかなかに辛いものがある、鈴懸はそう感じた。抱かれる本人は全くそんなことを思っていなそうだったから、鈴懸はため息をつきながら自分の上着を脱いで、織のそばに敷いてやる。



「いいか、戯。俺の体は貸してやるけど、あんまり無体を働くなよ。この着物の上でやれ。織のことは丁重に扱うように。こいつは俺の大事な道具なんだからな」

「ああもちろん、愛しい咲耶、優しく抱くつもりさ」

「……それは結構。ただ、あんまり小っ恥ずかしいこともするなよな」



 戯は織に酷いことをするつもりはないらしい。そのことについては安心したものの、鈴懸は一つの心配事があった。

 体を貸す、ということは、戯に憑依されるということ。憑依されるということは、自分の意識は失うということ。つまり、取り憑かれている間、戯が自分の体を使って何をするのかはわからない。織は様子こそはおかしいが自我を保っているようだから、もしも戯がこの体を使って甘い甘い愛の言葉なんて囁いたりでもしたら、後々気まずいことになってしまう。中身は戯であっても、顔も声も鈴懸なのだから。



「織、おまえもな、これから自分を抱くやつは戯だってちゃんと認識しろよな。俺じゃないからな、間違っても俺じゃないからな!」

「わかってる」

「……そうか、なら、いい」



 全く、織は一体どうしたんだ。少しくらい憎まれ口を叩いてもらわないと調子が狂う。鈴懸は参ってしまって、頭をかきながら戯を見上げた。

 もう、早いところ終わらせよう。こんな、わけのわからない儀式はすぐに済ませるべきだ。



「ほら、じゃあ、はいれよ。戯」



 意を決して、鈴懸は戯を受け入れる体勢に入る。神である鈴懸は他の者に自分の体を貸すなどしたことがなかったから、屈辱と同時に不安を感じた。

 まあ、きっと大丈夫だろう。織を抱いている間は意識が飛ぶのだ、めんどうな想いをすることはない。そう自分に言い聞かせて、戯が憑依してくる感覚に顔をしかめる。

 ……あまり、心地の良いものではない。体の中心から末端までが、じわじわと侵食されていく感覚。自分の中に異物が入るということはこんなにも不快なものなのか……鈴懸はそう思った。



「……咲耶」



 指先、つま先、体の端までその不快感が行き渡ったとき。「咲耶」の名を呼ぶ、鈴懸の声が室内に響く。戯の、憑依が成功したのだ。これからーー儀式が始まる。

……が。



(……あ!?)



 鈴懸は、違和感を、覚える。自分の口から出た言葉が、聞こえる。そして、「聞こえる」と自分は認識している。

 自我が失われていない。たしかに体は戯に乗っ憑られたというのに、鈴懸は自分の意識を持ったままだったのだ。



(は? 待て待て、これはヤバイだろ)



 鈴懸は焦る。完全に憑依された状態ならば織を抱いたとしても鈴懸にとっては大したことにはならないが、自我があるのでは……体が勝手に動くだけで織と体を交えるのと何も変わらない。

 恋人でもない、可愛げもない男と、なぜそんなことをしなくちゃいけないんだ。

 鈴懸はそんなことばかりを思っていた。

 きっと、自我まで奪われなかったのは、鈴懸の力が戯よりも勝っていたから。だから、ここで鈴懸が抵抗すればこの憑依は解除できるだろう。



「咲耶、おいで」

「……はい」



 でも、ここでこの儀式を止めるのか。自分の我儘で戯の想いを無碍にし、あげく織をこれからも妖怪に襲われ続けるという運命に置き去りにするのか。



(……なんだよ、なんでこの俺がこんな目に)



――鈴懸は、耐えた。今にも憑依を強制的に解除したいという衝動に、耐えた。



「……っ、」



 鈴懸の手が、織の肩にかけられる。そして、そのまま織を床に敷かれた着物の上に押し倒した。

 とさ、と布の擦れる音が響いて、それと同時に織の唇から吐息が漏れる。髪の毛がぱらりと広がり、着物がわずかにはだけ、うっすらと開かれた瞳には、涙。



(織……?)

「咲耶、咲耶……綺麗だ、咲耶」



 初めて男に抱かれるというのに、織は一切の抵抗を見せなかった。むしろ、期待に満ち溢れた顔をしている。鈴懸はそんな織に違和感しか覚えない。共に過ごした時間は短くとも、織はこのような行為を嫌う人間だと感じ取ることができた。しかし、今の織はどうだ。抱かれることに悦びを覚える、淫乱の顔をしている。



「……、……っ、は、」



 鈴懸の手がゆるりと首筋を撫でると、織は目を閉じてため息のような熱い吐息をこぼす。する、する、と静かに肌を撫ぜていけば、織の肌は徐々に紅潮していき、甘い香りが漂い始める。織の、色香だ。感じ始めたらしい織は、恐ろしいほどに淫靡で蠱惑的だった。雄の本能が、そんな織に魅入られてしまっていた。



(……なんだよ、こいつ)



 いつもとはまるで別人の織に鈴懸は戸惑う。男など抱いたところで興奮するどころか萎えるだろうとばかり思っていたのに……今、自分は。

 体をよじり、声をひそませ悶える織は、淑やかかつ淫猥。花に魅入られる蝶のように、鈴懸の唇は織の首筋に近づいていき、そして……ちゅ、と吸い上げる。



「あぁ、っ……」

(……ッ、)



 織が、甲高い、儚い声をあげる。ゾク、とした。自分のなかで錠の壊れる音が響いた。鈴懸は、たしかに高揚していた。



「咲耶、もっと、俺の名を……」

「……、戯、……戯」



 自分の名前を呼ばれなくてよかった、戯に体を受け渡していてよかった、鈴懸はそう思う。もしも自らの意思で織を抱いていたなら……今、織にひどいことをしてしまっていたかもしれない。

 なんなんだ。こいつは、なんなんだ。なぜこんなに艶麗なのか。性などまともに知らない、箱入りのくせに。男のくせに、人間のくせに。否が応でも織の痴態に惹かれてしまっている自分に、言い様のない苛々が募る。鈴懸は、自分がこの織に魅入られてしまっていることを、認めたくなかった。



「は、……ぁ、……」



 織の着物は徐々に剥がれていき、素肌が露わになってゆく。眩しいほどに白く、なめらかな肌。吐息の度に上下する胸元に、汗が一滴伝ってゆく。ああ、目に毒だ、鈴懸はそう思ったが……戯も同じことを思ったのだろう。薄暗い中わずか光を反射し光る汗に、欲がそそられたのだ。雫を吸い上げ、伝った跡をつうっと舐めあげてゆく。その舌に、織のなめらかな肌の感触と、甘くてほんのりと塩辛い汗の味がひろがった。



「んっ……」

「どうした、咲耶……もっと可愛い声をあげるんだ、咲耶……」

「あっ……、……」



 鈴懸の唇が、指が、織の乳首を責める。そうすれば織はかあっと顔を赤らめて、自らの口を手の甲で塞いだ。ちゅ、と乳首を吸い上げられるたびに鼻を抜けるような声が、そこから漏れてゆく。声をだすことを恥じらっているのだろうか。妙にそそられるその仕草に、鈴懸は目眩すらも覚えた。



「ん、……う、……」



 体の隅々を、手のひらが撫ぜてゆく。戯が織に女性である咲耶を重ねているからだろうか、胸や下腹といった部分に特に触れていた。首筋や指先、腰にすらりとした脚、もっと他にも綺麗な部分があるのに、と鈴懸は思っていたが、戯はそこに触れようとしない。今日しか触れることができない戯は、あまり冷静になれていないようだった。戯が好きな部分を集中的に責めている。



「戯……」



 しつこいほどの愛撫。それに、織ははらはらと涙を流しながら感じていた。自分の体にしゃぶりつく鈴懸の頭を、愛おしげに撫でながら。鈴懸もそんなことをされると甘えたくなってしまったが……戯は特にそんな風に感じていないようで。愛撫に満足したのか、織の脚を掴んでぐっと開いてゆく。



「あっ……あんまり、……じっと、見ないで」

「ん、咲耶……おまえのここは、入るのか?」

「し、知らない……恥ずかしいから……あの、……見ないで」

「隠すな。きつそうだな、ほぐしてやろう」

「あっ……だめ、」



 鈴懸はか、と顔が熱くなるような錯覚を覚えた。体は戯にあずけているから、実際はそんなことはないのだが。遠慮もなく戯が暴いた織の秘部に、酩酊感のようなものを覚えたのだった。

 くしゃくしゃになった着物をべろんと剥いで、丸出しにされたソコ。女性のものとはまるで違うが、「挿れたい」という欲求が沸々と湧き上がってくるような、そんなものだった。口を開けば憎まれ口を叩く織のここが、まさかこんなにも綺麗でいやらしかったなんて鈴懸は思ってもいなかったから、動揺とそれから強烈な興奮を覚えてしまう。



(あ、……)



 それはあまりにも慣れない感覚で、人間を相手にここまで興奮するのなんて初めてだったから、鈴懸は戸惑っていた。もしもこの体が自分のものだったら、すぐに目をそらしてこの絶景から逃げてしまうだろう。しかし、戯はそんなことはないようで。遠慮なしに織の脚を大きく開き、そして……ソコに、口を近づけたのだ。視線はソコにしっかりと固定されている。見てはいけないと思うのに、強制的にいやらしいその孔が鈴懸の視界に飛び込んでくる。



「あっ――は、ぅッ……!」



 ぺろ、と鈴懸の舌が孔を舐めあげる。そうすれば織はビクンッと体を震わせて、腰を跳ねさせた。ヒクヒクッ、と孔は痙攣して、それはもう目にとっての猛毒。すさまじいほどのいやらしさ、理性なんて粉々に破壊してしまうほどの光景から、鈴懸は逃げられない。

 ぐい、と孔を広げながら、舌がひだを舐めてゆく。舌の腹でぬりゅぬりゅと孔を擦り上げれば、織は快感を覚えているのかかくかくと腰を揺らしていた。泣き声混じりの、秘めやかな声が聞こえてくるものだから、鈴懸はもうおかしくなってしまいそうになる。



「なかも、しっかりほぐしてやる。力を抜け、咲耶」

「あ、……は、ぁ、あ……ー……」



 そして、指が、織のなかに。つぷ、と音をたてて、そのまま根本まではいっていってしまった。

 なかは、すごく、熱い。挿れた指が溶けてしまうほどに。ひくひくと時折ヒクついていて、あまりにも淫猥だ。



「ん……」



 織は自分の体内に異物が入ってくる感覚など知らなかったのだろう、指が挿入されたことに戸惑っているようだ。確認するように自分の股間に手を伸ばしてきて、鈴懸の指に触れる。涙に濡れて蕩けた瞳に、わずかな恐怖の色が浮かんでいる。



「キツいな、咲耶のここは」

「ひ、……」



 戯は咲耶を抱くときと同じ感覚でやっているのだろうか。様々な妖怪に抱かれ、受け入れることに慣れた咲耶と同じ扱いをしたら、織は辛いだろう……そう思って鈴懸はヒヤヒヤとしてしまう。指を挿れたのはいいがこの先どうするつもりだ。あまり乱暴にするようだったら、無理にでも憑依を解除したいところだが――存外、戯の触れ方は優しい。ゆっくりと挿れた指でなかを掻き回し、なかを慣らしていっている。



「ん、……ん……」


 織も徐々に恐怖心が薄れていっているようだ。ふう、と息を吐いて体から力を抜いている。指にくちゅくちゅとなかを弄くられるたびに腰をくねらせて秘めやかな声をだす姿は、それはそれは綺麗だった。

 指の本数は、一本から二本、そして三本へと増えてゆく。じっくり、丁寧に慣らしているおかげか、織の抵抗も薄かった。やがて三本の指も抜き差しが出来るようになった頃、指は引き抜かれる。



(……うわ、)



 指を抜かれた織のソコは、怖いくらいに卑猥だった。ぽかりと穴が開いていて、ぬらぬらとてかり、そしてひくひくと動いている。まるで、雄を受け入れるためだけに存在している穴のようだ。戯もすっかり興奮しているのか、鈴懸のものは堅く熱を持っている。その熱に連動するように、鈴懸も織のなかに入りたい、ひとつになりたいという欲望に蝕まれていた。



「ああ、ひとつになれる――咲耶、おまえと、再び……」

「んっ……!」



 鈴懸の熱を、織の孔にぴたりと当てれば、織はきゅっと唇を噛み、目を閉じながらのけぞった。挿れられる、そう感じたのだろう。くっついた部分はきゅうきゅうと鈴懸のものの先端に吸い付いて、鈴懸を誘っている。心も体も、織は鈴懸の熱を求めていた。



「あ、……は、……」



 鈴懸の手が、織の腰を掴む。触れてみれば思った以上に華奢な腰。鈴懸のごつごつとした男性らしい手に、細い織の腰が艶めかしく映える。ハッと劣情を煽られるような光景に鈴懸は意識を奪われていたが――すぐに、意識は下腹部へ引き戻される。

 強烈な熱が、少しずつ、少しずつ――侵食してゆく。

 鈴懸の猛りが、織のなかへ入っていった。狭く、窮屈な孔へ――じわじわと。



「うっ――……」

「咲耶、力を抜け……」



 織の顔が歪められる。苦しそうだ、と鈴懸は思って、戯を止めそうになった。妖怪だから、相手を思いやって抱くなんてことを知らないのかもしれない。自分なら、この苦しそうな織の頭をなでて、手を重ねて、口づけをして――労りながら、優しくしながら、挿れるのに……そう思う。でも、織が辛そうにしながらも抵抗する様子はなくて、必死に戯を受け入れようとしているから、邪魔はできなかった。今、この交わりにおいて――自分は、部外者だ。鈴懸はそう自分に言い聞かせて、耐えた。



「は、っ……あ、ぁ……」



 半分、無理やり。ねじ込むようにして、鈴懸の熱は織の最奥に到達する。十分に慣らしてやったおかげか、出血をしたりはしなかった。奥まで入ると、織も落ち着きを取り戻したようだった。



「んっ……、ん……」



 抽挿を開始すれば、織はきゅっと唇を結んで、その衝撃に耐えていた。挿れたものから、織のなかを擦っている感覚が伝わってくる。織は感じているというわけでもなさそうで、鈴懸の背中をぎゅっと掴んでただただ熱を受け入れている。



「咲耶――……」

「はっ……、う、……」



 痛そうではない、でも善さそうでもない。その瞳はどことなく潤んではいるが、この行為に快楽を覚えてはいない。始めのうちはそれなりに気持ちよさそうにしていたのに、やはり挿れられるのは辛いようだ。ただ辛いだけの行為に、織は苦しみしか覚えていないのだろう。

 そもそも――鈴懸と同様に、織もこの行為においては部外者なのだ。咲耶と交わりたいという戯のために、抱かれているだけ。戯の想いは織には一切向いていなくて、咲耶へまっしぐら。織と鈴懸にとってこれは、人と人の情事ではなく、動物同士の交尾にも等しい――虚しい、交わり。そこに、情が一切ないのだから。

 もう、やめてやれ。織が、辛そうだ。

 鈴懸は、頭の中で何度も戯を止めた。実際に止めてしまえば全てが台無しになるから、それはできなかったけれど。でも、何度も何度も「やめろ」と叫び続けていた。そして――



「織――……!」



 一瞬だけ。戯から体を奪い返して、その名を呼んでしまった。



「あっ――」



 その、瞬間だ。きゅ、と織のなかが締まった。急に刺激を与えられたものだから鈴懸もびっくりしてしまって、びくりと体を震わせる。



「織……」



 目が、ばちりと合う。

 その瞳には、何を映しているのだろう。体の向こうの戯か、それとも――



「鈴、か――……ッ、あぁっ……!」



 動揺して、鈴懸は油断した。名前を読んだ瞬間に織が感じたこと、それから彼が自分の名前を呼びかけたこと。 名伏し難い高揚が鈴懸の中に湧き上がり、そのせいで意識が揺らいだ。再び戯に体を乗っ取られ、体を奪い返した戯は勢い良く織を突き始めたのだ。



「あっ、は、ぁあっ、あっ、」



 締め付けが快楽となり、戯は興奮してしまったのだろう。遠慮なしに、織を突き上げた。逃がさんとばかりにぎっちりと織の腰を掴み、腰を叩きつけるようにして抽挿をする。しかし、なぜか急激に感じるようになったらしい織は、そんな激しい責めにも甘い声をあげた。顔を真っ赤に染め、甲高い声をあげ続ける。



「あっ、あ、だめ、っ……だめっ、もう、っ、あっ、……」



 びくびく、と織の身体が細かく痙攣する。そして、は、と息を詰まらせ下半身を硬直させ――ぎゅーっと鈴懸のものをキツく締め付けて、織は達した。その瞬間、鈴懸も吐精する。なかに、どくどくと種を吐き出した。



「あ、……すずか、……け、」



 初めての性交。慣れないことに、織は一気に疲れてしまったのだろう。絶頂の波が落ち着くと、ふっと意識を飛ばして、眠りについてしまった。
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