「……あの、」



 今日は疲れに疲れて何もする気が起こらない。織は風呂からあがり部屋に戻るなり、すぐに床についてしまう。しかし、眠ることができない。



「なんでじっと俺のことを見ているんだよ」



 それというのも、鈴懸にじっと寝姿を見つめられているから。鈴懸が織の脇であぐらをかき、顔を覗き込んでいるのである。

 いつもなら――そう、屋敷にいたときは、鈴懸は織が寝るときはどこかへふらふらと消えてしまっていた。じっと織の部屋にとどまることなどなかったのである。だから、こうして寝ているところを見つめられるのは非常に居心地が悪い。そもそも織は他人とあまり交流してこなかったため、誰かが近くにいる空間で落ち着いて寝ることができないのだ。



「いつもみたいにどこかへ行ってくれないか……寝れない」

「俺が離れたら、おまえ、余計に寝れないぞ」

「……は?」

「俺がここから離れたら、おまえの元に妖怪が寄ってくるだろう。ここは結界の張ってある屋敷とは違うんだ。俺の側から離れた瞬間、おまえは妖怪に犯されて死ぬ」

「……、」



 ……そうだ、忘れていた。

 ここまで妖怪に襲われるということがなかったため、織は失念していたのだ。自分が外を出歩けば妖怪に襲われる体質であるということを。この宿にはもちろん詠の結界など張っていないため、鈴懸がいなければ妖怪が寄ってくる。



「ふふん、わかってきたな。俺様の偉大さが! 俺様がいなければおまえは睡眠すらもとることができない!」

「……それより、貴方は寝ないのか。神様って睡眠いらないの?」

「俺? いや、寝たいけど」



 織は鈴懸の「俺様を讃えろ!」を無視して、素直に彼の身を案じてみる。気に食わない男ではあるが、こうして横にもならずにじっと見守られているというのはなんだか悪い気がしたのだ。案の定彼も睡眠は必要なようで。きっといつもはどこかへいって自分の寝やすいところで寝ているのだろうが、今日はどうするのだろう。



「畳で寝るのもなあ。せめて生きた大木なんかがあれば寝やすいんだけど」

「畳と木、何が違うんだ。どっちも硬いじゃないか」

「違うね、人間の手で加工された死んだ植物と生きた大木じゃあ違うんだよ。人間にはわからないだろうけれど」

「じゃあ……今日は寝ないつもりか?」

「うーん、どうするかなあ……」



 鈴懸は実体がないため主人に「もう一組布団を用意してくれ」とも言えない。寝心地の悪いという畳の上で寝てもらうのも気が引けるし、もちろん自分が畳で寝て鈴懸に布団を貸すという気にもなれないし。織が悩んでいると、鈴懸が「あ」と声をあげてにたりと笑う。



「おまえの布団にいれろ、織」

「――は?」
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