十三




「白百合さま……ちょっと休みませんか?」

「何をぬかす腑抜け! あともう少しだ、がんばれ!」

「あ、あと何歩くらい……」

「ふむ……ニ万歩くらいか」

「に、二万〜!?」



 ぜいぜいと息を切らしながら歩く詠の数歩先を、白百合が悠々と歩いている。二人が歩くのは、獣道。まともに舗装されていない、鬱蒼と草の生い茂る山の中である。

 ――櫨について調べる、と言っても、それは容易なことではなかった。櫨は普通の妖怪ではなく、地獄の使い。やみくもに情報を探したところで、彼の生きた跡はこの世には残っていない。そこで白百合が考えたのは、櫨ではなく咲耶の足跡を調べるということだ。咲耶のことをたどっていけば、やがて櫨の情報にも行きつくのではないかと考えたのである。

 しかし、そうは言っても、咲耶ももう数百年前を生きた人間だ。彼女の情報も、そう簡単に手に入るものではない。それをわかっていた白百合がひとまず向かったのが――咲耶の墓である。



「咲耶はな、妾が殺したあと、木の下に埋められたのだ」

「……埋められた、っていうと……誰かが埋めたんですか?」

「そうだ。妾は咲耶を殺してしまったあと、遺体に触れることができなかった。そのころ邪神に成りかけだった妾は、遺体に触れてはならぬかったからだ」

「そう、なんですか……?」

「生命活動を終えた肉体は、魂を繋ぎとめることができないからな、そこに宿っていた魂は、しばらくの間肉体の鎧のない、むき出しの状態になってしまう。そこに邪神が触れてしまえば、魂が穢れてしまうのだ」

「……なるほど、」

「だから、妾は咲耶を殺した後、遺体をどうすることもできなかった。やがて彼女の遺体に気付いた人間が、傍にあった立派な木の下に埋めてやったのだ」



 白百合はわっせわっせと歩きながら、特にいつもと変わり映えしない調子で咲耶について話している。しかし――それを聞いている詠の表情は、どこまでも哀しみに満ちていた。

 過去を振り返り、どこか自分を責めている――そんな白百合の心の内に気付いたからである。

 しかし、白百合の中の咲耶の記憶は、あまりにも繊細すぎる。詠も、それをわかっていたから、あまりそのことについて言及することはできない。彼女のもつ哀しみを分かち合いたいと思っていても、その想いが刃になる可能性だってある。



「その立派な木が、咲耶さんのお墓なんですね。お墓を見ると……何かわかるのでしょうか……?」

「不可視の何かを、感じ取ることができる。その者がどんな想いで生きていたのか、死んだのか。はっきりと知ることができるわけではないが、なんとなく……わかるのだ」

「私でも?」

「それはどうだろうなあ。繊細な心を持っていれば、可能かもな」



 詠は、なんとなく白百合が咲耶の墓へ行くのを、怖いと思った。白百合が半邪神になったきっかけをつくったのは、咲耶。白百合は咲耶を殺害し、魂が穢れ、呪いの力を使えるようになってしまった。白百合が邪神へ近づいてしまった原因である咲耶のもとに――詠は、行かせたくなかった。

 しばらく歩いていくと、獣道がひらけた広場のような場所が表れた。山の中腹のあたりだからだろうか、人が休むことができるように簡易的な休息所がある。詠は椅子を見るなり吸い寄せられるようにしてそこへ向かったが――白百合はぱたぱたと走るようにしてその周囲を散策し始めた。すっかりへとへとになってしまった詠はただその白百合を眺めているだけだったが――



「な、ない!」

「……ない?」

「咲耶の遺体が埋まっている、あの大木が……ない!」

「……場所を間違えたのでは?」

「そんなはずは……」



 なんと、咲耶の遺体を埋めた場所にたっていたという大木が、ないらしい。不測の事態に白百合は途方に暮れてしまって近くにあった切り株の上に寝転がるようにぱたりと身を投げた。

 さすがに心配になった詠は、重い腰をあげて白百合の寝転がる切り株のもとに歩み寄っていく。大きな木がなくなることなど、そうそうないはずだが……



「――どうしたんだい、お嬢さん。そんなところで一人で」

「……はい?」



 白百合の隣に腰をかけた詠に、誰かが声をかけてきた。振り向けば、そこには一人の老人。



「いや、わしはこの休憩所の管理しているんだがねえ……こんなところにお嬢さんみたいな若い娘がくることなんてほとんどないものだから……」

「あっ……えーと……」



 詠に声をかけてきた老人は、白百合のことが見えていないらしい。たしかに、このような山奥に若い女が一人でくることなどほとんどないだろう。怪しんでいるのか心配しているのかは定かでなかったが、老人は詠のことが気になってしまったようだ。



「あのー……このあたりに、立派な木があると聞いたんですけど……知りませんか?」

「立派な木……」



 詠は苦し紛れに、大木のことを老人にきいてみた。なんでもない人間が、一人の人間の遺体が埋まっているだけの木のことなど知らないだろう――それは承知の上で。

 しかし――老人は、意外な反応を見せる。



「お嬢さん、よくそんなものを知っているねえ」

「……え?」

「お嬢さんが座っている、その切り株だよ。その切り株は、神社の鳥居として使われたんだ。もう数百年も前の話らしいけどねえ」

「えっ、こ、この切り株ですかっ」



 ――なんと、咲耶の遺体が埋まっていた大木は、神社の鳥居として使われてしまったらしい。そんな大木にこうして座るなど、二重の意味で罰当たりである。詠も白百合も、ぎょっとしてそこから立ち退いた。

 特にたたられるということはないだろうが、なんとなくぺこぺこと切り株に向かって頭を下げる詠に、老人はさらに話を続ける。



「たしか……龍神さまの祀られている明澄神社の鳥居に……もう、老朽化してしまった神社だけどねえ」


  
 老人の言葉に――詠ははたと動きを止める。それは、横にいた白百合も同じだ。白百合と詠、二人は顔を合わせて呟く。



「明澄神社って……鈴懸さまの、」


 
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