二十六



「――鈴懸……」

「ん?」



 ぽそりと織の唇から浮かんだ言葉が、静寂に溶けいった。

 織の部屋。数日ぶりに同じベッドで一緒に寝ている二人。二人を纏うものはなく、ベッドの脇には脱ぎ散らかした着物が落ちている。



「最近は、妖怪に襲われることがあんまりないんだ。咲耶さんの魂、落ち着いてきたのかな」

「……まあ、何回か儀式はやったからな。そろそろ咲耶の足で移動できる範囲は制覇したんじゃねえの」

「……そうだといいんだけど。咲耶さんの想いを残しっぱなしっていうのもなんだか気持ち悪いし、やるならちゃんと最後までやりたいな」

「ふうん……っていっても、その最後っていうのがわかんねえからなあ。終わりが見えねえ」



 織は鈴懸の胸に頬を寄せながら、困ったように眉を顰める。

 そう――織が抱える問題は、有栖川との結婚のことだけではない。咲耶の呪いも、まだ解決していないのだ。

 鈴懸はそんな織を見て、複雑そうな顔をして、唇をとがらせる。じとっと織を見つめながら織の腹に手をのばすと、そのままくるくると撫で始めた。



「……子供っぽいこと言っていいか?」

「……うん?」

「……俺、おまえが俺以外の妖怪に抱かれるの見るの、嫌なんだけど」



 ぶすっとつまらなそうな表情を見せた、鈴懸。織はそんな鈴懸を見て、きょとんとまばたきをする。鈴懸が腹を執拗に撫でだしたのは……情事の際に、そこに精をたっぷりと注いだから――と気付いた織は、おかしくなってふっと吹きだした。



「嫉妬?」

「あっ……当たり前だろ! 自分の恋人が自分以外に抱かれているの見て、平気なヤツがあるか! たとえ、儀式でもだ!」

「でも、それは、仕方ないよ……俺だって、よくはないし。ほら、初めの頃みたいに、鈴懸に取り憑いてもらうとか」

「……でも、それでも妖怪は俺の目を通しておまえのいやらしい姿を見ることになるんだぞ……」

「それも、嫌?」

「嫌だ。おまえが乱れているところを見ていいのは、俺だけだ」

「……鈴懸、思った以上に独占欲強いね……」



 恋人になる前までは見せなかった彼の顔が、嬉しい。織は呆れた顔をしながらも、鈴懸の意外な一面に喜びを覚えた。

 しかし、妖怪と交わらなくてはいけない――それだけは、どうしようもない。せっかく嫉妬してもらえて嬉しいところだが、それは織にはどうにもできないことであった。



「織。おまえは、嫌じゃないのかよ」

「……嫌って言ったら嫌だけど……でも、俺……されているときは、意識飛んでるからなあ」

「……おまえ貞操観念ゆるくなってないか」

「は!? なってない! これは儀式だから仕方なくやってるんだよ! 俺だって嫌に決まってる! でも嫌って言ってられないんだってば!」



 咲耶の呪いを解くための旅。その終わりは、どこにあるのだろう。その手がかりが、知りたい――二人の想いは問答無用で一致する。

 むくれる鈴懸を宥めるように、織が鈴懸の頭を撫でた。そうすれば鈴懸は、むすっとした顔をして……織の唇に、噛み付いた。


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