三十四


『咲耶――なにをつくっておるのだ』


 
 それは遙か昔。玉桂が咲耶という少女と共に暮らしていた時のことだ。

 咲耶は玉桂に与えられた黄金の部屋で過ごしていた。美しい咲耶に心から惚れていた玉桂は、時間が空けば彼女の部屋に通うようにしており、玉桂と咲耶が触れあう機会も多かった。

 ある日、玉桂が咲耶のもとへ行くと、咲耶はひとりで何かを作っていた。よくよく見てみればそれはかざぐるま。咲耶は細い指を器用に動かして、かざぐるまをつくっていたのだ。



『私が愛した妖怪には、これを送っているのです』

『ほう……ではそのかざぐるまは、私への贈り物かな?』

『いいえ、これは違います。玉桂さまには、最後にひとつ、とびっきりのものをお送りしますわ』

『では、それは誰につくっている』



 咲耶は黙々とかざぐるまをつくっている。その数、指で数え切れないほど。咲耶の昏い瞳に、黄金とかざぐるまの紅が揺れている。



『覚です』

『……覚だと? 覚は、おまえの心を喰らった鬼だぞ。妖怪とは違う。おまえの鏡のようなものだ』

『……そうですね。私は、私にかざぐるまをつくっているのかもしれません』



 咲耶の黒髪が、するりと耳から垂れ落ちた。

 長いまつげが、瞳に陰をつくる。瞳は玉桂を映し、そして、すうっと咲耶がほほえんだ。目は全く表情を変えることはなく。人形のような微笑みであった。



『……私を虐げた母が……唯一、私にかざぐるまの作り方を教えてくれた。それが私が母からうけた、たった一つの愛情だった。私は……かざぐるまをつくっていると、自分を愛する人がいるのだと、信じ続けていられるのです』

『……』



 玉桂は咲耶を見つめ、目を細める。

 張り付けたような微笑みを浮かべてかざぐるまをつくる咲耶は、幸せそうだった。この屋敷にきてから、咲耶はずっとこうして幸せそうな表情を浮かべていた。玉桂や、覚たちと触れあうときもずっと。

 幸せそうだった。

 今にも、壊れそうだった。



『ああ……玉桂さま。私はどうして、かざぐるまをつくらねばならないの。どうして私は、愛されないの。この世界が憎い、すべての人間が憎い。呪ってしまいたい。あなたたちだけが、私を……愛してくれている』



 世界が憎い、人間が憎い。呪ってやる、壊してやる。それが、咲耶の口癖だった。

 あまりにも、哀しい人間。だからこそ、玉桂は彼女を愛した。不幸のどん底に落ちている彼女、自分であれば救えると、そう思うことができるから。彼女が悲しめば悲しむほどに、玉桂は彼女を愛おしく思った。

 けれど。

 一度だけでいいから、彼女の心からの笑顔を見てみたい……そう思ったことが、なかったわけでは、ない。

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