二十六(2)


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―――

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 一度、母の目の前で妖怪を殺して見せた。

 それは、身も凍る寒い冬の夜。吹雪く空の下、夜空の色を反射する雪の上。母と姉に襲いかかってきた鬼を、詠は破壊してしまった。血飛沫、飛び散る内臓、断末魔の叫び声。あまりに凄惨な光景、それを生み出したのは――まだ、齢10となる詠だった。

 鬼が死ぬ様があまりにも恐ろしいものだったから。母と姉は、救ってくれた詠のことをひどく畏れた。畏れるばかりか、迫害しようとした。詠のことを「人ではない」となじり、「鬼の子」だと言ってひどい扱いをしていた。

 「鬼の子」という詠の噂は、街の遠く離れたところまで行き渡り、詠は街中の人々から畏れられることになった。それは、街の隅っこに住み着く浮浪者から、小太りな金持ちまで。時には浮浪者に襲われたり、金持ちに「アソビ」に誘われたりもした。

 ある日、詠の家は火の車となり、多額の借金を抱えてしまう。母の下した決断は、「詠を吉原に売る」ということ。容姿端麗な美少女且つ「鬼の子」という異名を持つ物珍しさ、詠は吉原に高額で売ることが可能だった。

 しかし――吉原に売る契約を交わす当日。詠の家族の前に現れたのは、吉原の者ではなかった。



「「鬼の子」と呼ばれているこの少女が、必要なんだ」



 穏和な笑顔を浮かべた、身なりの綺麗な男。彼の名を――碓氷 伊知。この世に名を馳せる大財閥の家の長男だという。どうやら碓氷家の次男が妖怪に襲われていて困っており、妖怪を祓うことのできる「鬼の子」が欲しいということだ。詠を引き取る代わりに払われる金は、吉原に売る時の金額よりも遙か上。詠の家族は迷いなく、詠を碓氷家に売ることに決めたのである。

 詠はわけがわからぬままに、碓氷家へ身を移すことになる。またここでもひどい扱いを受けるのだろうと、全てを諦めたまま。

 しかし。



「この子が、君に守って欲しい俺の弟・織。外にでるたびに妖怪に襲われてしまうから、君に守って欲しいんだ」



 そこで待っていたのは、今までとは違う世界。

 「詠」と呼ばれ、普通の人と同じ扱いを受ける。そして、「鬼の子」と畏れられていた力を、「必要」としてくれた。何より違っていたのは……



「……守ってくれて、ありがとう。……、……、……着物、ちょっと汚れちゃっているから……気をつけて」



 優しく、してくれた。そして、感謝してくれた。

 詠が守らなくてはいけない青年・織は、哀しい境遇に置かれているらしい。外に出れば妖怪に襲われてしまうから、屋敷の中に閉じこもりきり。そのせいで外の者から悪口を言われたりする。そして性格が徐々にゆがんでいき……塞ぎ込んでしまっている。しかし、根っこは心優しいらしく、詠に対して不器用ながらも労いの言葉や感謝の言葉をかけてくれる。

 詠は、そんな織と接しているうちに……真っ暗だと感じていた世界を、少しだけ温かなものだと感じることができるようになってきた。詠の目を見て、堅さはあるが笑顔を向けてくれる織。詠はそんな彼と接することを、楽しいと感じるようになっていた。



「織さま。織さまが安心して外に出ることができるように、私、がんばります」

「……うん。前よりも、外に出ることが怖くなくなってきたから……ありがとう、詠」

「……良かった、少しでも織さまがそう思ってくれたら、嬉しいです」



 織は、孤独の中を生きていた。詠は、そんな彼をみて優越感を覚えることが多々あった。苦しくてたまらない、自分を慰めるために、「もっと織に不幸になってほしい」なんて歪んだ想いを抱くこともなかったとは断言できない。しかし……決して、織のことを疎んでいたわけはない。織を守りたいと思う気持ちは本物だった。優しくしてくれた彼を、詠は慕っていた。

 大切な人を守りたい――そんな気持ちを、碓氷の屋敷に来て詠は初めて知ることができたのである。


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