「……あ、」
「……織」
「んっ……」
唇を離して、もう一度。両手を織の頭に添えて、包み込むようにして口付けをする。ちゅ、ちゅ、と何度も、何度も、何度も。
暗闇を静寂に変えて、切なさを甘さに変えて、二人の口付けは幸せを誓い合う恋人のそれのように優しい。
「あっ……」
そっと鈴懸が織を解放すると、織が顔を真っ赤にして、ずるずると座り込む。口を手で押さえて、とろんと顔を蕩けさせて……腰が抜けてしまったようだ。どうしたのかと鈴懸が心配して織の目線に合わせるようにしてしゃがみ込めば、織は今度は泣き出してしまう。
「し、織……?」
「う、……うう……」
ひく、ひく、としゃくりをあげて、ぼろぼろと大粒の涙を流して。ただ事ではない様子に、鈴懸も困惑してしまった。「どうした」とおろおろとしながら尋ねてみれば……織は涙に濡れた瞳で鈴懸を見つめて、口を隠しながら震える声で話す。
「……しあわせ、で」
「……え?」
「……鈴懸さまと、口付けができたのが……嬉しくて、……嬉しくて、……幸せで……」
「……っ、ばか、おまえ、それ、卑怯じゃねえか、」
――泣いてしまった理由は、「鈴懸と口付けができたことが嬉しかったから」。そんなことを伝えられたら、鈴懸の理性がぷちりと切れてしまったのは仕方ない。ただの口付けで泣くほどに喜ぶなんて。そんなにも、自分のことが好きなんて。愛おしいって、狂おしいって、そう思うのは仕方ないだろう。
あまりの愛しさに、鈴懸の心臓も正常には動いてくれなかった。どきどきとしすぎて、ぎゅうっと胸が締め付けられて、おかげで息が苦しい。手先が震えて、力加減ができそうになくて、織にもう一度触れることが怖かったけれど……でも、触れたくて。そっと織の口を隠す手を払って、また、口付ける。
「ん……」
織が遠慮がちに、鈴懸の着物をきゅっと握ってきた。かわいらしいその仕草に鈴懸が思わず目を開けてしまえば、淑やかに閉じられた織の目が視界いっぱいに映る。ああ、あの織が……今、俺のことだけを考えてこんな風になっているんだ――それを思うとたまらない。
愛しい。ほんとうに愛おしい。こんなに愛おしい人がこの世に存在するんだ。ああ、頭がおかしくなりそう。
唇を話して、鈴懸はぎゅっと強く織を抱きしめた。そうすれば、織はほう、と息を吐きながら鈴懸を抱きしめ返し、すり、と頬ずりをしてきた。
「……もう、死んでもいい。幸せ。鈴懸さま……幸せです……」
「ばか、……死んでどうするんだ。これから帰ったら、もっと幸せにしてやるよ」
「……鈴懸さま……」
そうだ、帰らなくては。帰って、織をたくさんたくさん、愛するんだ。
気付けば外から物音が聞こえなくなっている。妖怪たちは諦めて去っていったのだろうか。今なら逃げ出すことができる……そう思った鈴懸は、織を抱き上げて立ち上がる。
そして――扉に手をかけた、そのときだ。
ミシ、と扉が軋み。一気に、外から扉が破壊されたのだ。
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