涙に青空が溶ける。
「……」



 床に就いてから20分弱。俺は布団に入った瞬間に寝れるたちだから、いつもならとうに寝ている。……けれど、今日は全然眠れなかった。



「……芹澤、まだ寝ないの?」

「……ん、ねる」

「おう……」



 原因は芹澤。芹澤は眠気がやってきたのがぼんやりと瞼を半分瞳にかぶせているけれど、まだ眠れていない。……それはどうでもいい。芹澤が、息のかかるくらいの至近距離で俺を見つめてくるのだ。おねむな表情で、ぼんやりと、じっと。



「……なんでガン見してくんの?」

「……ん、藤堂の目、あんしんする、から」

「……ん、んんっ……そっか」



 あんまり見つめられると、ドキドキする。芹澤が布団に入った瞬間からこの調子だから、俺は全然寝付けないのだった。

 まあ、俺が目を閉じればいいだけの話ではあるけれど。目の前に宝石のようにきらきらとした美しい瞳があったら、目が離せない。いや、宝石よりも綺麗だと思う。芹澤の感情が動く度に輝きが変わるそれは、見ていて飽きることがない。



「ん、芹澤……おい、」

「……んー」



 俺が芹澤の瞳に見惚れていれば、芹澤がもそもそと俺の懐を弄りだす。何やってんだこいつと思いつつ放置してみると……俺の手を掴んできた。そして、指を絡めてくる。



「……ッ」

「ん……」



 芹澤の瞳が、とろんと気持ちよさそうに和らいだ。

――俺の目を見ることが、俺と手を繋ぐことが……そんなに、芹澤にとって安心できることなのだろうか。口はかなり生意気なことを言って可愛くないけれど、本当はかなり俺に心をひらいているのかもしれない。眠くて意地っ張りの仮面を外してしまった芹澤は、そんな彼の深層を見せてくる。

 なぜだか急激に愛おしさを覚えて、俺は空いたほうの腕で芹澤を抱き寄せた。もともと近かった距離がさらに近づいて、ほんの少しでも動けば唇と唇がぶつかってしまいそうだ。

 もう、キスがしたい。この、なんともいえない幸福感に満たされている今、芹澤とキスがしたい。悶々と俺のなかで欲が湧いてきて、ついに俺は尋ねてしまう。



「……芹澤、キス、していい?」

「……キス、……?」



 俺の言葉を聞くと、芹澤は意味がわかっているのかいないのか、ぼーっとしながらオウム返ししてきた。でも、しばらく待っていると意味を理解したようで、瞳がわずかに輝きを増す。



「……とうどう、」

「……うん、」

「キス、……」



 眠気マックスらしく、言葉はかなりの舌っ足らず。でも、確かに俺の問に対する答えを言おうとしている。唇が微かに動いて、その動きを人生で一番くらいにドキドキとしながら見守っていると……



「……」

「……」

「……」

「……おい、芹澤?」

「……」



 ぱたん、と芹澤の瞼が閉じてしまった。

 え、嘘だろ。

 まさかと思って耳をすませば、すー、と寝息が聞こえてくる。芹澤の野郎、なんと「キスをしていい」「しちゃだめ」の答えを言う前に睡魔に敗北してしまったらしい。しかもたぶん、俺の自惚れでなければ「キスしていいよ」って芹澤は言おうとした。瞳の色でなんとなくわかる。



「……こ、このっ……いい加減にしろ芹澤このやろう……!」



 なんという小悪魔だ。どれだけ俺の心を惑わせれば気が済むのだろう。

 一気に気分をどん底に突き落とされた俺は、腹いせに芹澤をきつく抱きしめてつむじに顎をぐりぐりとしてやる。「んー」と不機嫌そうに唸った芹澤の声に満足して、ふて寝でもするように目を閉じた。




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